・交通インフラ整備は国の発展基盤だが
ハノイでは中国企業が地下鉄を建設し、HCM市では昨年末、ようやく地下鉄一号線が開業に漕ぎつけました。資金の不足で完成が何度も順延した結果だが、移動手段をバス、あるいはバイクしかなかったけれど、開業でなんとか先進国に一歩近づき、近代的都市交通の幕開けとなった次第です。
この先は幾つかの路線計画がされているけれど、日本のODA供与と大手企業に拠る鉄道の建設と車両の製造、並びに運行システムで開通したHCM市初の地下鉄に関しては、未だに未払問題が後を引き、裁判沙汰となった残念な結末を迎えたのです。こんな状況ならば何処の国も参入を避けたい。元々電車が無く統一鉄道は気動車、世界一遅いと揶揄された位。HCM市からハノイまでの約1700キロを結ぶけれど、旅情を楽しむには持ってこいだが、さてこれがビジネスとなればとても乗る気にはなりません。
これまで地下鉄問題に関しては折に触れてコラムにして来たし、コラム619では南北高速鉄道について最新レポートを上げました。此処に来て俄かに鉄道へ参入したいとする地場企業が現れて来たのです。
問題は何時もながら資金、また建設と車両とレールの製造、運行に必要な信号システムに、高速ならではの安全走行技術だが、はっきり言って自国で供給できるものは何一つありません。車両は未だに東欧からの輸入です。
そういう現状を分かっていながらも、鉄道に参入したいというローカル企業が名乗りを上げたというのです。アメリカやイギリスにしても、また成長著しいインドやオーストラリアなどの国でも、何処の国の鉄道を採用するのかを検討するけれど、何の経験や技術にシステムがないベトナム企業が、自国の事業ではあるけれど、何を武器にして参入するのか訳が分からないこの不可思議さ。
表向きは参入だけれども、その実態とは何処かの鉄道先進国からの技術供与と資金援助を求めなければ須らく進まない話であるには違いありません。
HCM市の地下鉄建設にしても、地下工事に必要なシールド工法の実績はなく、工事用機械はもちろん無い。現地企業とはJVとなっているけれど、明らかに見習いでしかないのです。
海外の大学へ留学して建築事務所を営むベトナム人がデザインして賞をとり、今や有名なアーキテクチャーになった例はあるし、進出した日系の設計会社やゼネコンに勤務して現場経験を積んだ人が何人も出て来ているのは事実です。
将来この人達が活躍するであろうとは思うけれど、地場企業単独で施工できるだけのプロジェクトが無く実力は未知数。また工業力から見ても鉄道車両製造、電気工学からしても交通システムをカバーできる人材はまだいない。
・HCM市 今後の地下鉄計画
HCM市の地下鉄は、今後20年間で都市交通網を整備してゆく計画がある。市の2021年から2030年までの基本計画では、タンソンニャット空港、都市部と郊外、さらに近隣省を結ぶという全長600キロメートル以上、12路線の地下鉄網を建設する予定とする。2035年には355キロメートル、7駅を完成させる計画だが、これには約402億ドルが必要としているけれど、現時点の予算規模なので今までと同じく足りるとは到底思えません。
HCM市経済大学・ビジネス研究所長のヴィン教授は、政治局が民間セクターのよるこの開発計画に関する決定をした後、民間企業がビジネス好機として受け入れる準備を始めたとしています。
これには大規模な投資必要であり、資金回収に時間が掛かるけれど、これまではODAに依存していたと述べ、今回発表された事業案件には地場企業が参画することによって様々な変化が確実に起きるとしています。各企業は受注して資本投入を行ない、事業を迅速に実施してゆくメカニズムを得ることになる。
また市は彼らの行動で都市鉄道を構築する機会を得ることになるとしています。
だがこの考え方は甘い。地場企業がどれだけ資金に余裕があるのか理解できているのか。現在までODAに頼っていながら発注した費用が払えず、外国企業からHCM市の地下鉄管理企業が訴えられている。行政がこうしたいい加減な状態では受注先からの信頼度が低くなり、資金調達も困難を極める。また施工実績や製造経験が無く機械を持たない地場企業がどうして迅速に、かつ安全で満足できるだけの事業が可能なのか額面通りには全く理解できない。
・HCM市の地下鉄ビッグプロジェクトに参入したい地場企業
一号線の完成後に、DAI DUNG Co、CCI建設、HOA PHATグループの3社からなるDCHと呼ばれる企業はパートナーシップを締結し、HCM市の人民委員会に対してEPC(エンジニアリング、調達、建設)ゼネコンとしてHCM市の都市交通建設プロジェクトに参加する許可を求めたとあります。
DCHは地下鉄2号線(ベンタン~タムルオン)、トゥーティエム~ロンタン線、ビンユン新都市~スイティエン線の3路線の投資をしたいと考えている。
日本は基本的に公営だが、資金がないベトナムは民営に活路を求めるのです。
そこへまたもやVinグループがお出まし。VinグループはHCM市南部のカンザー地区の海域を埋め立て、90億ドルを掛けて2870ヘクタールもの巨大都市開発プロジェクトの着工許可を求めた。これを2030年に完成させる予定で完成後は23万人が住み、観光エリア、リゾート、ハイテクサービス、ホテルなどを建設して年間900万人の観光客を呼び込むとしている。Vinはそこに市中心まで地下鉄を自前で建設すると現地報にあります。
・開発へのお墨付きを得たVin
これらの計画はチン首相の肝いり案件で、ヴォン会長と会談し、会長は同意しているとの現地報道があるけれど、どう見ても首相の発案というのは不自然で、企業から計画を持ち掛けたと云うのが真相の様な気がする。何れにしてもこれまでにも不動産開発において黒い歴史の噂がある様に聞くが、政界と民間企業との癒着構造が明確になったということの他なりません。
ということはややこしい手続きなどカタチだけ。事実上は決定したものであり、誰もが異議を唱えず、2026年にはPPP方式での投資を提案している模様。しかし市は投資関係の書類と、実現可能性の調査報告書の提出を求めており、着々と準備に取り掛かっている中だが、実は国会は都市交通整備のための投資形態に関して言及していません。合法的な投資方法の解決には至っていないとされているので、威勢は良いけれど実は金がないのに虚勢を張っているだけ。
だがこの辺りは世界的に有名な広大なマングローブが茂り、森林局が管理している場所。サイゴンツーリストが保養施設を持ち、かつてのベトコンが潜んで戦いに備えた所で当時を再現しガイドが来園者に説明しているのだが、一企業のために鶴の一声で充分な環境評価調査を行わず、わずか5年で完成するとは無謀な話。あからさまな国民と自然環境への挑戦でしかありません。
彼の地がいくらHCM市の住宅不足を補うもので、開発が可能な最後のエリアとしても、やり過ぎではなかろうか。政府が借金まみれの一民間企業に託するなんて利権でしかない。国が近代的な交通システムを早急に整備するために、外国企業以外に頼らなければならない自国の大企業との焦りかとも思えるが、ますます太らせるだけ。限界と理解を超えていることを解かっているのか。
しかしながらこの企業に技術やノウハウなどある筈など無く、プロもいません。従って報じられる所、日本や韓国、中国などの企業に話を持ちかけているとあるが、日本国内ではこうした夢みたいな開発案件などなく乗ってくるか疑問。
7区のPMH新都市は、丹下健三などの海外大手設計事務所に都市総合開発の計画作成を依頼したが、時期が異なったとしても異常なスピード。埋め立てに必要な土砂をどう調達する積りかという疑念、さらに必ず起きる不同沈下という問題が生じるので、特殊工法で圧密する必要があるけれど、その技術はこの国にはない。それにしても短期間での開発なド素人の無理筋としか見えません。
またこのエリアに国際港の建設が承認されているとあるから、首相のお墨付きを得たVinグループは完全に利権を掌握できる訳だが稼げるのは不動産だけ。国内でEV車販売は急増するが、巨額赤字続きの自動車。航空機事業は損失の果てに中止した企業にとって先行き美味しい話、何としても手中に収めたい。
・異業種から高速鉄道へ参入計画 筆者は否定的見解
この前、南北高速鉄道へVinグループの、VinSPEEDが610億ドルで参入する計画があるとコラムに記しました。しかし資金の80%は借り入れを起すほか、全ての鉄道に関する機材、人員の教育を海外からの技術移転に拠り国内で製造するなんて調子の良いことを言っているが、そんな与太話に乗ってくる海外企業などありません。此処にも同社の計画は如何に杜撰であるということがバレバレになっているのだから始末に負えない。
この様ななりふり構わず何にでも食らいつき、触手を伸ばすダボハゼ企業など、他に例がなく常軌を逸しており食傷気味。グループ全体でどれくらいの負債があるのか、企業として見通しがみえているのかさえ分からない。現地メディアにはこの辺りの真実を追求する記者魂が必要なのだが期待薄です。
こういう状況の中で現地の自動車メーカー、といっても外国車のノックダウンなどを行なっているThaco・チュンハイグループは、これまで築いてきた子会社の株式売却を含む自己資金を用意して、南北高速鉄道へ資金を提供すると表明。
同社は鉄道を建設するための政府の許可を求めていると報じられたのです。
だが610億ドルという予算は、用地補償とか必要な土地を供出、移転を余儀なくされた人への定住費用は含まれない建設等に必要なコストなので、実際にはとんでもない額になる可能性がある。同社にしても7年間で工事を行ない、国内外の融資を80%に持ってきているのはVinSPEEDと全く同じで、では予算外追加費用まで面倒を見ることが可能かと言えばそうではありません。
同社は株主、パートナー企業、従業員へ通知を行なったとあるが、この新事業のために新企業を設立し、資本金312兆VNDは賄えるとあります。
同社はこの株式の51%を所有するが、残りを他の投資家に求める予定と報じられています。事業経験や技術力が無い未知の分野という異業種への参入には、ただでさえリスクが伴う単なるカケでしかなく、これで投資家が乗ってくるのかといえば疑問でしかありません。因みにこの企業の現業業績は、税引き後の利益が15兆VNDというから比較的安定しているけれど、なぜ株主や従業員への通知だけで参入が可能か。これはオーナーのDuong氏は本業の他、多くの子会社の物流企業、農産企業などが本人とその家族の所有になっていて、無謀とされつつも誰からも後ろ指をさされることがなく、国家的インフラ事業への参入という免罪符があるからでしかありません。
6月に入って格安航空のベトジェットエア創業株主であるソビコGは、HCM市の地下鉄4号線、ホックモン~ニャーベー間、47キロメートルへの投資を人民委員会へ提出。この企業、HD銀行の主要株主で72億ドルの資産を持ち4万人の社員が在籍する、金融、航空、不動産、テクノロジーなど複数の主要企業からなるベトナムの新興企業グループの一つ、VinGとも親しい間柄です。
株式会社VACコンサルティング 顧問
(IBPC大阪 ベトナムアドバイザー)
木村秀生