・テコムバンク ホー・フン・アン氏
この銀行、ベトナムの主要銀行のひとつであり、2024年は6兆8000億VNDの利益を計上。民間企業で6位に位置し、納付した法人所得税は5兆4000億VNDと言われている。その会長であるアン氏は23億ドルの資産を持ち国内3位の富裕者となっています。また世界では1631番目。
2025年の株主総会でアン氏は、本年度は銀行の資本金を現在の70億ドルから一挙に200億ドルに引き上げるとの目標を表明。そうすると総会直後に株価が上昇、僅か数日間で時価総額が10億ドル増え、今でも維持され上昇の気配が続いている。株式市場はこの様な材料一つで過敏に反応する仕掛けだが、まだまだ未熟な市場であり、魅力のある企業が上場されると更なる成長が見込めると思えるのです。
また子息のミン氏は今年5月に新会社をHCM市で設立したが、金融、サプライチェーン、企業管理に適用するプラットフォーム開発などを手掛けるとある。この会社はアン氏とその知人での合弁企業で地場企業へサービスを提供するという目的とされるが、分散型データエコシステムとかを構築することを目標にするという。最初のプロジェクトは銀行、物流、電子商取引企業向け電子認証プラットフォームになるという。
このように金持ちの同族が起業を設立、現在運営している企業の周辺事業とか、テコムの様に数多くの出資先や取引先を抱える企業が、時流をよく見定めて、あるいはコアの立場をフルに活用し、新規事業を創業者や同族関係者で固めるという手法が多いのではと感じる。こうしてさらに増殖を続けている訳です。
未だに創業者利得が得られるところにベトナムでの起業は魅力があるには違いありません。多くのこうした富裕企業とその経営者の歴史など、それほど長い訳では無く、確たる経営理念とか事業哲学に秀でているとも思えません。だが時の利、時流に乗って急速に拡大とグループが形成され、創業者のサクセス・ストーリーが生れている面白さがあると感じるのです。
従って毎年の起業数は増え、資本金額も年々増えて大型化。企業設立も昔ほど簡単でなくなったが万に一つか一攫千金を夢に見て、経営力とか資金や技術、企画・営業力など伴わないのに新規事業を立ち上げる人は多い。この背景には、失敗しても次があるというアバウトな国民的性格、また全く異なるビジネスへ挑戦が可能で、周りもそれを咎めることをしないので、立ち直りは早いという大きなメリットがあると考える。成功するにはそれこそ万にひとつかそれ以上であるけれど、この幾度となくチャレンジできるという風土は日本の社会には見られない。むしろ悲壮感を伴い、後先がないとする日本のスタートアップは見習った方が良いのでは思うところである。
・マサングループ グエン・ダン・クアン氏
この企業、2024年度は4兆8000億VNDを納付、前年比で9%の増加。
国内企業ランクは10位、クアン会長の資産は11億ドルで国内5位にランク。
世界順位は2850番目とある。本業のマサン以外にもテコムバンクの取締役副会長を務めている。こうした富裕層同士は横の深い繋がりがあります。
マサン株は7月時点でこの2カ月間続いて上昇しているが、現地紙はこの理由をクアン氏が長者リストに復帰したからと説明している程で、ベトナムが如何に会社の株価が経営者個人の財力に拠るのか示しており、日本の様な企業業績とか社会還元という存在価値レベルとかけ離れ、金持ちにある種の憧れが一種の人気レースになっているのは歪だが興味のある所です。
マサンは食品メーカーからの出発。インスタントラーメンを造っていました。
現在では全国に4000店舗以上ものWinマートとWinマート+を展開している小売業態が主体であるけれど、業態は既存と同じで目新しいものでありません。
先に述べたようにVinグループが自動車製造部門の赤字を補填のする資金を調達するため一部の小売部門をマサンに譲渡したのです。これを整理して今の様に活性化したのだが、2025年にMasan Consumers Holdingsを新規株式上場するとなっており、これはグループの生産拡大、製品改善、流通チャネルの開発を行なうためとしている。そして企業を改革して国際ブランドを目指すという構えと報じられているが、どのように脱皮する秘策があるのか楽しみ。
これは同グループの第二経営フェーズであり、市場でのシェア強化と利益創出を行なうもので、マサンが伝統的な企業イメージから脱皮し、ウォルマート、アマゾン、アリババなどのようなコンシューマー・プラットフォームとしての地位を築くと今年の株主総会で発表したという。これは最もマサンに欠けているもので従来のビジネスモデルが消えてゆく中で、DXは生産効率、サプライチェーンの最適化、ブランディング、イノベーション、小売業の近代化までベトナムの消費者、小売企業全体を再構築してゆく要因として必要不可欠です。
従ってソフトウェア、データ、AI、自動化、持続性をマサン・スピリットとして統合する計画とあります。
こうなるとこれまで国内で近代的小売市場を牛耳っていた海外企業への大きな脅威になり、イオンやファミリーマートなど業態は異なるけれど、培ってきた戦略をフルに生かしてきたが、地場の強みを活かし、絶対的王者にのし上がるという気迫が見えて今後の競争が面白い。
さらに事業成功の原点であるロシア・モスクワで、最大規模の小売企業である「マグニット」に、2025年6月ベトナム製品専門の小売りコーナーを開設。
越露交流の懸け橋に取り組んだと報じられている。文化・経済交流の一環だが、同社が製造するお馴染みである、インスタント麺Omachi、調味料のChinhSu、またコーヒーのVinacafe、Phuclongの茶と言った有名ブランド食品を始め、150種の製品を亜熱帯の楽園と称して販売。マグニット系列の販売網3万店で販売を展開する計画。となれば貿易での事業拡大が見込めます。
ベトナムへのロシア人観光客は多く、極寒から解放されニャチャンなど太陽がいっぱいの海浜リゾートは人気があります。ベトナム航空も定期便を就航させている程でベトナム製品の認知度と評価は高く、販売に大きな期待が持てる事に間違いありません。
経営者としてはロシアでの留学経験を活かした形での海外進出だが、食品製造から大企業グループに成長させ、新しい経営方式を採り入れて事業を改革し、ベトナム食品企業の国際化まで行おうとする経営者が出てきたと考えます。
・ベトジェットエア グエン・ティ・フック・タオ女史
最も裕福なベトナム人女性とされるのが、このベトジェットエア創設者であり会長、またHDバンクの副会長、さらにこれらの事業に加えソビコ・グループという不動産、金融、DX&テクノロジー産業、再生エネルギーなどの企業群を持ち、40,000人の従業員を擁する総合複合企業の元締めでもあります。
ベトジェットエアは1兆1500億VND、さらに空港使用料、手数料、航空機に使われる燃料に拠る環境税など間接的に7兆5000億VNDも国の収入として貢献する他、空港セキュリティー・スクリーニングなども行っている。
HDバンクも6兆VNDも国家に納付する程で、7番目にリストアップされる企業。法人所得税が4兆5000億VND、VATが8000億VND、個人所得税が5650億VNDと多大な貢献しているとされます。
個人資産は25億ドルで、これはベトナムでNo2の富裕者であり、世界では1517番目となっています。
ベトジェットエアの業績は拡大し、6月には100機に及ぶエアバスA321neo型の大量発注を行なっています。これは前月にエアバスA330neoを20機発注したのに続くものであり、アジア太平洋地域での航空客需要増に応えてワイドボディー型航空機のフライトを増やすためであり、さらにヨーロッパへの長距離新路線に備えたものとあり、女性経営者ならではのきめ細かさ、事業意欲旺盛でかつ大胆な企業戦略を持っている方だと推測できます。
また同社は2025年の第1四半期にカザフスタンの国営航空であるカザック航空へ投資を行ない、6月に完了したと公表。社名をベトジェット・カザフスタンと変更したのです。これで同国とベトナムを始めとする東南アジアを結んでカザフスタンの海外戦略とアジア地域での観光、貿易、物流を促進し、また新たな数千人の雇用を生む事になり、社会経済の発展が期待できる訳です。
・ベトナム新興大企業と経営者に関連して思う
学生時代「企業30年説」というものがあった。企業が誕生し、成長発展期を経て何もしなければ衰退期に入り、消滅するとのサイクルです。一方で日本は世界でも稀有な歴史ある老舗が存在、帝国データBKによると2024年には百年以上が45284社ある。千年以上は11社。一子相伝・門外不出の技術や味を受け継ぐ伝統は時流を観て革新。〇〇家(今のホールディングス)や店は家訓に基づき(現在の経営理念や哲学、行動指針)部外者や弟子を養子にして守って来たが、これは現在の高品質な商品供給や社会顧客への信用に通じる。
カラクリ義衛門をルーツにパソコンを世に出した東芝も経営危機。世界企業で技術の日産(プリンス自動車を合併)、名門パナソニックまでも人員削減とは!組織が肥大化、このため企業は事業部制や分社化などの手法を図り乗り切ってきたけれど限界。グローバル化、規模が大きいほどに舵取りは難しい訳です。
ここに挙げたベトナムの大企業グループと、その創設者に関してのことだが、僅かの期間で巨大企業グループに育て上げ従業員を雇用。国家に多大な貢献をしており、敬意を表す外ありません。然し世界的な技術や真似のできない特許など持つ訳でなく、単に図体が大きく時の利を得て売り上げと利益を得るだけ。
規模は大きくなったが、これからが正念場。時の運を得て経営者の真の実力が発揮できるのか、伸び悩むのか、分かれ目になるのではと感じる。
韓国の財閥の様になってゆくかといえば多分成れない。ロシアのオリガルヒのように経済自由化により少数の大富豪が現れ海外でも事業を行うかだが、結局は国家権力に組み込まれ政権存続の資金を生み出すだけの機能を担うだけなら発展は無い。ベトナムが社会主義国であっても根は米耕作農村社会。大統領制であるが、結局は集団指導体制をとって絶対権力を持つには遠いと思えます。
筆者が考えるベトナム企業観の概要だが、在住した1999年~2017年の間、特に2000年前後は国営企業が主で、外国企業の投資進出が急速に始まったけれど、独資での進出は認められず、国営企業とJVでしか進出せざるを得なかった時期であり、この様な巨大民間企業はまだ出現していなかった。
現地に赴任した現法社長の多くが感じていたのは、相手先企業は生産に必要な技術やノウハウが無く、また戦略やマネジメントという言葉が見つからない。
国営そのもの。計画経済的発想しかなく、モノは作ればいいだけで、消費者が何を望んでいるのかとかは全く意にせず、マーケティングなど無視というより分らない。生産設備も古くて使い物にならないうえに、売れても売れなくても、どうでもいいという感覚。だが役員の構成は相手方が51%なので何をしようにも敢無く否決、新企画も通らない。流石に日本の大企業から赴いた現法社長も一人腹を据え兼ねていた。筆者が営業で訪問すると日本語で話せると喜び、だが吐き出すかのようにレベルの低さと無念さを吐露したのが忘れられない。
国営企業から民間に転じ始めたが、海外留学し責任者に収まった英語も出来る若手社長ですら、海外の現状を知らない自社役員に対して不満を語る位の状況でもあったのです。日本から現地企業の視察に来て何らかの形で製造を委託するとか進出を模索するわけだが、爾後に訪問した際に聞き及んだこと。能力のある若手がいて海外での生活とビジネス経験もある、こういう人材が出始めて何れこの国の企業、事業をけん引するのではと思い始めた時期でもあります。
日本へ留学など僅かに数人という時に、大阪のベトナム総領事館の領事でさえ当時は最貧国のひとつであるという認識を持っており、実に100数十番目のGDPしかなかったという状況を嘆いていたが、今では笑い話になる位です。
幸運だったのが2000年前後から外資、取り分け韓国企業の大進出と並行し、人が徐々に育ってきた。輸出が増えやっと貿易黒字に転換したのがターニングポイントと思われるが、外資系企業の輸出割合70%強が未だ改善していない。
この後は進出企業もどんどん増え、経済がますます発展することになり本稿に挙げた様な企業が出現、事業に成功した経営者が出て来たというのが概略です。
さて経営者の話の中で、ベトナム人の横の繋がりを書いたけれども、日本から赴任して殻に閉じこもるのではなく、積極的に交友を広げ優良な人脈を作るのは極めて大事なことです。とんでもない現地人脈の広さと深さを感じ、時には助けてくれることもある。筆者はHCM市の若手経営者(日本でいえば異業種交流会)が毎月行っている会合に参加していた。日本のビジネスなどをレクチャーすることもあったけれど、半数以上は女性の経営者。情熱があって知識欲は旺盛で楽しかった記憶があります。こうしたメンバーの殆どは英語が話せ、積極的に自己の活動を述べ、性格は明るく何かに付けパーティーをしていた。
ベトナムでは企業は社会の公器でなく、大企業であっても単なる金を得るだけのマシンであり、基本的には能力の有無は関係なく、田舎から出て来て成功した小商い者の身内意識の延長でしかありません。社会から利益を得るとか還元するという概念など無く、あくまでも儲け追求型。利他の意識もありません。
国家資格がなく社員教育もないから従業員の資質が伸びず、競争意識も低い。
また経営者のプロフィールはどうでもいい。戦後の日本を立て直すために企業を設立、独自の経営観や使命感に哲学を持っている。企業に文化に風土が存在、社員はこれを誇りにして励んでいる日本企業の姿なんて、何処にもありません。
滅私奉公とまでは行かないが、かつての名経営者であった松下幸之助、井深大、森田昭夫、本田宗一郎、あるいは近年では稲森和夫、永守重信など強烈な個性と信念を持ち、世界に通じる製品を造る本業以外に多額の寄付を行い社会貢献をする、自信の経営思想などを出版して海外にも影響を及ぼすなど、ベトナムの大富豪経営者の人物像には一人として見当たらないのは何故でしょうか。
株式会社VACコンサルティング 顧問
(IBPC大阪 ベトナムアドバイザー)
木村秀生