ベトナムの乳製品と酪農事情

2025年10月9日(木)

・ベトナムの酪農には発展の余地がある

現地の知人であった日本人宅が近所にあり時おり遊びに行きました。冷蔵庫には牛乳のパックが何時も数本入っていたのです。一人息子に飲ませるためだが、ベトナム人の奥さんはとんでもない田舎育ち。喰うのにもやっとと話していたけれど、息子にはひもじい思いは絶対にさせたくないと一日1リットルを飲ませていました。この効果があったのか、日越英中国語を中学生の時にマスター、挙句の果てに某国一の国立大学医学部へ進学。鳶に鷹とは失礼だがその通り。
HCM市のスーパーに売っていたのはビナミルク社の製品だったのです。だがこの時は輸入品以外に地場企業の製品は、生乳のロンタン牛乳しかなかったが、規模は小さいので何処でも買える商品ではありませんでした。

何故わざわざ生乳と書いたのかだが、ベトナムの牛乳とは輸入した粉乳を還元する方法であり、2009年時点では市販される牛乳のうち生乳は僅かに8%に過ぎず、92%が実にこの還元乳だったのです。以前にも書いたが、現地の人はこれを知らず、本物の生乳を飲ませると臭くて飲めないとまで言ったのです。
最新のデータでも国内の生乳は40%しか賄えず、残りは輸入に頼っているのが現実。後に出て来る最大手ビナミルクやTH社などの大手では大規模な乳牛を飼育しているけれど、いわゆる小規模酪農家は減少しているとある。
この原因は都市化と環境問題、国の政策がなっていないと畜産協会会長が指摘。さらに牛乳は子供と高齢者が飲むもの、という一般的概念が未だに残っている訳で、こうした意識を改善し、日常的に飲むという習慣に変えればベトナム人の健康に良い効果があり、消費も増えるという訳です。
経済成長と共にベトナム牛乳市場は拡大、過去5年間で平均6%の成長を見せ、昨年には104,726億VNDに達したとある。牛乳の生産量は120万トンにもなり、現在では一人当たり27リットルを飲んでいる勘定となります。
しかし業界では消費者志向の流れが健康志向からよりヘルシーな、低脂肪牛乳などの差別化された商品が人気だが、市場を読み取るだけのマーケティング力が消費者の行動と志向変化に追い付いていないという現実があると考えられる。

乳牛市場ではビナミルクとTHミルクが台頭しており、現在その市場シェアは夫々38,3%と15%となっています。
THミルクはスーパーで生乳から造っているとあり、筆者はヨーグルトを買う際にはこの会社にしていました。ベトナム航空機で出される機内食のデザートにはビナミルクの製品が使用されている。
ビナミルクは後にするが、THミルクは後発ながら7万頭の乳牛を自社農場で飼育しており、乳牛一頭当たりの搾乳は一日平均で35リットルあると言われています。またハイテク技術を国内最高レベルで保有しており、これらを使った農場はゲアン省、タインホア省、ラムドン省を始め多くの省に展開しており、牧草の植え付けと管理、牛の飼育、生産流通までQRコードで管理し、原産地などの追跡が可能。さらにAI化とロボット化を積極的に推進しているため、これまでの総投資額は12億ドルとも伝え聞く。

なおチーズはフランスのBelベトナムが圧倒的なシェアを確保し70%を占めていると云われます。近年日本人が経営するピザ店が有名になり日本へ逆上陸したが、それまで幾つかの店があったけれどもパッとしなかった。ベトナム人の口にようやく合って来た感がある。田舎から出て来た従業員が食べたいというので店に行ったが、結局は食べることができなかったという初体験。チーズがどんなものか知らず、バインセオ(ベトナムのお好み焼き)感覚だった次第。
いまでは笑い話になるけれど、この様な牛乳とチーズの話題がありました。

・政府と業界の目標

この様な状況の中、商工省のホアイ副大臣は2025年までに達成するとした2010年の乳製品加工産業開発計画は目標をクリアしたとし、乳牛は年間で約4,6%増加、昨年には33万5千頭に達した。生産量も年平均で8,4%増、生乳の40%まで自給できるようになったのです。
だが目標を達成できたけれど課題は山積み。乳製品業界では2045年までに自給自足、国内外の市場ニーズを満たす高品質な新製品を生み出すため新技術、近代的生産と加工設備、流通システムに投資するなど、適切な方向性と積極的で創造的に模索して行きたいとし、また持続可能な発展と公衆衛生の向上を目指すとしました。
しかし国内の一人当たり牛乳消費量は世界的に見て低く、シンガポールの45リットル、ヨーロッは80~100リットルなので、製品多様化と高付加価値のミルク製品の開発が必要。これには自由貿易協定への参加が国際市場へ進出できるチャンスとなるが、反対に外国から競争が加わる訳で、クリーンであるとかオーガニックとか新しい製品を創る努力が求められます。さらに国内でも若者が中心となり食の欧米化、すなわち嗜好や消費文化や食生活の習慣が変化する可能性は高く、新たな問題や課題が出てくることになるのです。
解決には政府の強力な施策が求められ、酪農産業が大規模な企業のハイテク化と数十頭の個人酪農家保護という二面性を並行して開発しなければ、2030年までは順調に推移するが、それ以降は困難な状況になるとしたのです。
こうして政府の法的枠組みを整備、事業者には国産生乳の使用を奨励、国産乳の割合によって免許を付与すると、2045年には生乳割合はほぼ56%になり、国民の平均消費量は56リットルになるというのです。
また国産生乳へのVATゼロ化、高度酪農化への低金利融資や補助金の付与、土地利用などのモデルを導入する必要があるとしました。
さらに商工省は輸入製品の管理を強化、流通経路や消費期限の徹底を図る方針を表明。2030年まで国内製品の品質検査の強化、不正品や粗悪品の排除、広告表示規制と国産品優先の運動を展開、輸入原料や添加物の使用履歴を追跡して品質基準を満たす製品だけを市場に流通させるシステムを構築するとした。

・食肉と加工品の輸入が増加

ベトナムのよく見かける光景だが、田舎へ行けば家で飼っていた豚を何頭か積んだバイクが走っています。これは買取り業者に売りに行くためで昔ながらの一コマだが、筆者が住んでいたトゥドック区でも見かけました。また観光客が訪れる市内のベンタン市場、この北側には生鮮野菜と魚類、食肉を売っており、鶏など生きたまま販売。客はこれをその場で気に入った鶏を其処で潰してもらい新鮮なものが手に入るがもう家ではできない。鳥は朝ひきが最も美味しい。
ところが、このところこうした食肉の輸入が増えているというのです。以前はスーパーで買えるのはタイのCPブランドの冷凍鶏肉、牛肉はオーストラリアかアメリカからの輸入のブロック肉。日本の黒毛和牛のスライスはお目に掛からなかったが、日本食レストランではこれを提供して人気がありました。
昨年の統計でベトナムの食肉とその加工品の輸入量が急増、1~5月まで統計では前年比29%の増加。輸入量は約305千トンで29%増、5億9700万ドルという輸入金額は25,2%の増加とある。ベトナムは41ヵ国から食肉と加工品を輸入、インド、アメリカ、ポーランド、ブラジルの順とあり、大半は豚肉、牛肉、鶏肉、なかでもブラジルとアメリカからの輸入量が急増しているという。筆者には地方の食堂で食べた自家飼育の鶏が最も旨かった印象がある。
HCM市の販売店では、冷凍輸入された豚肉の価格は国産品より30~40%安く売られており、市民は国産品よりむしろ輸入品の方が衛生と安全面が確保され、見た目も綺麗とかで消費者には好評だという。
全般的に輸入肉の価格が下落しているのは海外からの供給量が増えているからと説明しているが、これは2年間の経済不況があり現地での消費の落ち込みと在庫量の増加が原因としている訳で、何れは解消する可能性が高いのです。
ところが畜産協会は輸入された食肉の質が良くなく、消費者への健康に影響を与えるとか、国産品との不当な競争が発生するとの懸念を持っているが半分は嫉妬。国内畜産の生産者を保護するために政府へ食肉への管理を求めている。

・ビナミルク

知人であった大学教授は年に2回程ベトナム企業を調査訪問するために来越、このビナミルクへも行きました。彼はドイツ語が得意、このビナミルクの女性社長はドイツへ留学した才女なので、もしかしてドイツ語で話をしたのかな。
現地経済紙に掲載された記事だが、国際的企業を上回りブランドファイナンス(イギリスの評価コンサル企業)から、3025年世界で最も潜在的な乳製品ブランドとして表彰されたのだが、この指数はAAA+と最高レベルの評価。
これは中国やインドよりも高い評価で、世界の食品産業上でトップ30に入るベトナムを代表する唯一の企業だとあります。
この理由は、短期的なキャンペーンの評価ではなく、5年に及ぶ品質を犠牲にしないという企業哲学で、常に品質を引き上げる戦略だという訳です。
90年代から生乳原料の自社確保に向けて国際基準に従った農場システム開発の方向性で、入荷する生乳の品質保持と安定した供給能力で一日当たり110万キロリットルの新鮮な牛乳を生産していることになるという。
さらに主な製品ラインはデュアル真空技術を採用し、本来の牛乳の味を保持。
高タンパクでカルシュウムが豊富、低脂肪な製品を製造するため精密ろ過技術を採用するなど、またベトナムで初の粉乳製品を製造。ベトナム人の栄養基準の向上に大きく貢献したとあります。
また低品質であるとか偽造製品が発生した場合に備えて、農場、生産工場から流通に至るまでの厳格な管理システム、権威ある国際基準に拠って検証された品質を備えているブランドが消費者に好まれるという。この企業への信頼性が高く評価されている。
さらにマーケティングでは新しい消費者トレンドやニーズに基づいて開発した、リッチ層へのジェラートや若者向けの高蛋白ヨーグルト、健康志向のユーザー向けのナッツミルクに高蛋白豆乳などのサービスを提供している。これ等は、さほど先進国に在っては目新しいものではないが、此処では画期的なのです。
財務的には安定した成長を維持、国際競争力の強化と国際市場への参入と拡大を行い、アメリカではアマゾンなどの小売プラットフォームに進出して収益を確保しているなど、厳しい市場でもブランドを認知する努力を行う。
同社の持続可能な開発戦略は、長期的観点から循環経済、環境に優しいパッケージングに拠るカーボン対策への投資に取り組み、世界的な環境配慮を行うとする企業姿勢であり、常に世界の消費者トレンドに向き合った企業責任を示すということにあるとされます。
Vinグループの様な花火をあげる訳では無いけれど、地道な企業姿勢とか理念は海外へ留学した成果かも知れない。派手ではないけれど着実に国内で足場を築いてきたのはある意味、女性経営者の消費者目線があったからかもしれません。

株式会社VACコンサルティング 顧問
(IBPC大阪 ベトナムアドバイザー)
木村秀生