外国映画の撮影に脚本提出義務改正法可決

2022年8月18日(木)

6月の国会で外国映画が撮影をする際、脚本を提出する義務を課す映画法改正に関して賛成90%で可決したと現地報。これは外国の団体や個人がベトナム国内で撮影の許可を申請する場合にその脚本などを提出することと、国内映画産業が提供するサービスを利用することが義務付けられるとしました。
さらにベトナム語訳を添付する必要もあり、もし不許可になった場合、理由を通知するとなっているがこれまで以上の規制強化としか思えません。
現地で出版される、例えばフリーペーパーなども同じで、全てにベトナム語訳を付け、さらに印刷も国が管理する所でなければなりません。所詮社会主義国。
無理強いが通用する来年1月1日から施行されるとなっています。
これまでも国内で外国メディアなどが取材や撮影をする際には、事前に申請を行い、国内での全行程についてインスペクター(検査官)が付きました。ただこの担当官の旅費交通費、さらに決められた高額の日当を支払わなければならないので、民間の小規模な撮影の場合かなり予算的に厳しいものがありました。随分前の事だが、アメリカ映画が現地撮影を行なった際に、理由は定かではないけれど、検査官が撮影中止を指示したことがありました。検査官全員が英語や日本語、他の言語に長けている訳ではないためトラブルが起きる可能性や、また考え方なども異なるので意思疎通は起き易い。機嫌を損ねるとかもあったように伝わるが、正当な検閲行為でなくイヤガラセの個人的感情は未熟な証拠。よくある手法一部分だけベトナム国内ユニットで撮影の場合どうなるのかな?だが検査官がいればこそ地方の役所や軍関係や公安との問題解決、さらに立ち入り禁止区域での撮影もできる、空港ではフリーパスなどのメリットもあって、むしろこの国での安全を考えると必ずしもマイナスではなく、保険の様なもの。実際私が関与したケースだが、検査官は日本の国立大学を卒業したH氏。このためか日本語能力考え方も問題なく、性格温厚で真面目な方であったのです。多くの検査官はご多分に漏れずお小遣いを要求することもある。しかし彼は違った。ある時日本のTV局の撮影クルーが現地で事業をする日本人を取材に来たのです。この時、ベトナム人の奥さんから電話があり、いくら用意すればいいか聞いてきました。検査官は誰?と聞くと件の彼。それは一切必要ない人だと教えました。彼がHCM市で撮影をする時には、私に日本人俳優とスタッフに日本食の弁当を用意して欲しいと頼まれ、知り合いの日本人が経営する店を紹介するなど良い関係であったのです。恵まれたご縁であったように思われますが、幸運だったけれど結構簡単ではありません。
もう30年近くになるか、オリバー・ストーン監督の「天と地」。アメリカに渡ったベトナム人が描いた自伝小説を映画化したのだが、撮影は実はタイ。出演した俳優やエキストラなどの多くは、ボートピープルで逃れた在米ベトナム人のボランティア。喜んで参加、真に迫る迫力ある演技だったと記憶しています。
個人的にみてこの規制の切掛けになったと思えるのが、「第三夫人と髪飾り」。
若手で多数の国際賞を獲得した新進気鋭の女性監督、メイフェアさんが自身の曾祖母の話を元に描いた秀作。脚本も手掛け5年かけて制作したとのこと。
ベトナム映画を沢山見てきたが、これに出演した俳優はこれまでに多数の映画に出たことがあるそうそうたる実力派のメンバー。近年CG画面が多くなって面白くなくなったが、これはアナログで人間の微妙な感性を表現した実写。
俳優さんの情熱に技量とベトナムの美しい風景と歴史に感動する秀作です。
ベトナム北部はニンビン省、世界遺産のチャンアンの富豪の家が舞台。美しい景色とは裏腹に古い父権社会のしきたりの中で翻弄される女性を描いた作品。原作名はVo ba(三番目の妻)。男子を生むのが務めとされた習慣は現在も、特に北部に根強く残っているほど。そこへ嫁いだのが14歳の小娘。
演じたのはグエン・フォン・チャー・ミー。全くの素人ながらハノイで面接を受けて採用。全く同じケースは先の「天と地」主演女優レ・ティー・ヒエップは医学生の頃、素人で初の大役を好演。46歳の若さで没しています。
監督は谷崎潤一郎の作風に影響を受けたという位なので、作品にも強く影響が出ているとの評。ところがベトナムではわずか3日で上映禁止の命令が。日本ではR15指定なのでなんら問題はありません。だがベトナムでは違う。肌の露出度が高いとか、官能的と言うのはいくら芸術性が高くても通らないのです。
このメイフェア監督、HCM市の生れで、イギリス・オックスフォード大学、アメリカニューヨーク大学(院)では映画製作を修得した感性の優れた才媛。彼女の祖父母の時代の実話が元になっている。古い時代の事だが、彼女の根底にある思想は、現在でも世界でおこなわれているこのような女性の人権を無視した社会。在フランスの名匠、チャン・アン・ユンも美術監修として参加しているが、映画に撮って何が真実で、何が美であるかを追求する姿勢が出ている。
残念ながらまだこのような思想を解するだけの能力や、芸術性を認めない国家が存在し、多くの意志と能力のある人材を潰している現状を今回の法律を通して見るが、自由な思考をする人は海外へ留学したい気持ちが良く理解できる。
すなわち事前検閲であり、政府の意に即しないのは社会悪と認めてすべからく排除する。こうした前近代的社会主義的思想が未だに蔓延っているのが、社会や芸術の発展を阻害していることに気が付かない様に思えるのだが。

株式会社VACコンサルティング 顧問
(IBPC大阪 ベトナムアドバイザー)
木村秀生