ベトナムは原子力発電を推進する方向にあるけれど

2025年7月17日(木)

トランプ関税の交渉のため訪米した商工大臣がウェスチングハウス社を訪問。
ベトナムで建設が計画されている原子力発電所建設に関し、協力を要請したが、これは関税に対するアメリカ側の巨額貿易赤字解消という意味合いもあります。
また5月25日、フランス・マクロン大統領が訪越し、ベトナムの原子力発電を支持するとしたが、これは参画の意思があるという表明でしかありません。
にわかにクローズアップされた原子力発電だが、実は昨年11月に国会で再開計画が承認され、政府に建設を行なうよう指示が出されたのです。
チン首相は、ベトナムの社会経済の成長を維持し、増大するエネルギー需要に対応するための重要な戦略として、原子力発電の再活性化、公共投資の加速、質の高い人材の確保を強調しています。
政府首脳に拠ると、エネルギー源の多様化と安全保障の確保のため、2050年までにカーボンフリー目標の達成に貢献するとしている。このため国内外のコンサルタント企業により調査され、厳格な世界的安全基準を満たしている事を確認した地域、即ち前回に計画されたニントアン省で、9年後に再び2カ所の原子力発電所を建設するとしたわけです。
政府は今回、最新の技術を活用して、最高の安全性を確保して人間と環境へのリスクを減らすと約束したとある。

・首相は建設を急ぐように指示

経済は継続して発展しているが、首相は短期及び長期の電力需要に関して2025年には12~13%急増し、その後数年間でさらに増えることが予測されているとしました。このため政府は電力プロジェクトの障害になることに対処すための法的規制の推進を行なうとしたのです。
政府はそれまで火力発電と割合は低いが一部水力発電所を建設し、さらに再生エネルギーとして風力発電や太陽光などの設置を行なってきたけれど、もはや間に合わない所に来ている。このため充分な電力確保を行なうため原子力発電を再開する訳です。
原子力発電は2016年に日本、ロシアがニントアン省で建設を行なうとなっていたけれど、キャンセル。約1000戸の家の立ち退きまで行なったのだが、元に戻している。この省は産業と言ってもほとんどないが、天候には恵まれているので塩造りが盛んだが豊かでない。日本でもこういう所が適地とされます。

首相は原子力発電所建設運営委員会の議長を務めるが、二回目の会合では所轄官庁に対し、ニントアン原子力発電所プロジェクト開発を加速するよう指示。
このニントアン省での原子力発電所復活劇。合計発電量が4000MWを超える2つのプラントとなっている。このための関連法制度を強化する様に各省庁、関連機関に求め、政府は政策メカニズムを説明しなければならないとした。
これを商工省が取り纏め、2月28日までに国家電力開発計画8の調整を完了しなければならないとしているが拙速過ぎる。
首相はプラントの完成を2030年12月31日と設定し、2031年12月31日には稼働する計画。このためベトナム電力は1号機、2号機の投資家としています。また国家の最優先インフラ整備であるため2025年度の緊急時対応基金も利用し、追加の資金源も検討されているとある。しかし現在の国家予算や企業単独で資金を確保できるものではなく、どうしようというのか。

・人材と教育不足が懸念

原子力発電計画復活、即ち2カ所の発電所を運営するには技術者、科学者に、その他の要員を加えると2400人の人員が必要だが不足するとしています。
だが別の記事には夫々1900人以上の人員が必要なので、合計3900人が不足するとあり、錯綜している様子が見えるけれど一体何が正しいのか。
また科学技術省は、開発と規制に関する専門知識を持つ人材は350人を必要とすると報じている。

前回の計画ではベトナム電力から55人のエンジニアが、日本とロシアへ研修に送られたけれど、2016年に計画が中止になった際に殆どが会社を辞めたとか異動しているので全く最初からやり直しとなる。さらにこの分野に精通する大学教授は殆どいないし、商工大臣は教育と研究を行う施設は老朽化し時代遅れと云う。しかし報道では原子力の専門講師は修士80名、博士30名いて、指定する11大学と研究機関へ配属。原子力エネルギー管理等に関わる700人の政府関係者、公務員、専門家をプラント運用と管理の訓練を行なう模様。
首相はそのために科学、技術人材を大量に育成するため積極的な計画の重要さを指摘。将来的に原子力発電システムの技術構築を2025年には立てるよう、商工省と教育訓練省が標準化された訓練プログラムを確立するとある。

実際に原子力に関する研究を大学とか専門機関で継続して行ってきたというがお得意の理論。経験やレベルはどの程度かは不明、専門マニュアルや教授陣、関連する設備なども無く、自国でこの様な実践訓練が果たしてできるのか疑問。そのため白紙スタートと考えて正解、今回の訪米でWHを訪問して協力を取りつけたと思える。だが肝心の発電所建設技術やノウハウは無く、設備も同様なので海外に依存しなければ何も始まらない。何処を採用するのか未定。
また記事には670人が海外で専門的教育訓練を受けることになり、半数以上がエンジニアの学士号を持ち、その他は二年制の短大卒者と報じています。
この人数だが、大学で理科系のエンジニア、しかも専門が原子力講座を取っているなど現地の高等教育事情から見てあり得ない話で、これまで通りかじっただけかも。仮に海外で教育と訓練を受けたとしても670人も受け入れられる訳がなく、発電所建設と原子炉の導入とセットでなければ、受け入れる相手国や企業がボランティアするなんて考えられない。さらにベトナム電力が費用の全額を負担できるということはあり得ません。
ベトナムにはこれまで電車(地下鉄)にしても、地下部分の工事、電車の製造から信号システムなどの先進技術は無いので、海外企業に頼るしかなかったし、2万点もの部品が必要とされる国産車と位置付けているVINの車生産にしろ、裾野産業といえる精密部品を製造する事が出来るだけの技術や工作機械は地場企業になく、海外からの技術導入や移転するしか方法はなかった。
従って原子力発電所建設と発電設備を造ること、また運用、メンテナンスを行なう人材教育、教育訓練をする場所に設備など無いのは未知の分野なので当然。従って殆どを海外に依存しなければならないので強がっている場合ではない。
政府は関係省庁、研修期間、研究機関の公務員、専門家と職員が、原子力発電の管理と運用に関する専門知識を開発するための短期研修とインターンシップを提供するとしているけれど、何れも短期間で修得できる筈などありません。
電力需要は待ったなし。電力を生むための手段は幾つかあるけれど、思い通り容易に、しかも5年後に原子力発電所が完成、稼働するなど殆ど妄想に近い。
筆者が思うに何れかの時期、資金がショートして建設が進まないとか、設備の納入が遅れる、人材教育が思うようにいかないなどの問題は、これまでの負の実績から見れば必ず出て来ると思える。海外企業はどう判断するのでしょうか。

・ロシアが原子力発電に食指を伸ばしている

ロシアの首相はハノイでチン首相と会談。ベトナム原子力産業に参加する用意があり、継続的な協力を表明した。対してチン首相は、科学技術、技術革新、質の高い人材育成に関して、設定された目標に達していないと述べたという。
また現地報道では、ロシアの首相と会談後、省庁、機関、企業などと協力し、タインソン空港を軍事目的と民用の両方で使えるようにして原子力発電と地域経済開発の支援する様に命じたとある。これはロシアへの配慮なのか。
さらに関連する問題に関する国際原子力機関との調整、実現可能性調査の評価、コミュニケーション作業の強化、および進捗状況を監視し、課題に迅速に対処するための運営委員会の月次会議を要請したとなっている。しかしベトナムの原子力発電の動向には日本で触れられていないのは無視なのか。

株式会社VACコンサルティング 顧問
(IBPC大阪 ベトナムアドバイザー)
木村秀生