世界銀行の専門家 ベトナムの半導体人材研修の弱点を指摘

2025年6月23日(月)

石破首相は今回の訪越に際し、ベトナム側にIT人材教育についても支援する事を表明したと報じている。
ベトナムはこれまで外国の支援と企業の投資に拠り、世界の先端モノ作り国家に成長することを国家戦略の目標としてきました。
平均年齢が若くて手先の器用な労働力、これを武器にして投資を広く海外から求めて来ており、現在は日本からも約2000社が進出していると言われる。
戦後、現在の国家体制を樹立したけれど、思う様な成長が出来なかったことで、ドイモイ(革新)政策によって文字通り新しいものを導入するという意味で、工業先進国にするためには部品産業が大事と、それこそ日本の裾野産業をこの国で興し、モノ造り国家を目指したのです。
海外投資局でも裾野産業をSUSONOと呼ぶ程に位置付けたけれどそう簡単に行く訳がない。結局海外企業が進出して来て単純労働者に拠る労働集約産業であるアッセンブリー国となり、工業化とは程遠いものでしかなかった訳です。
だが経済成長が続いたのは少なくても外国投資のお陰であり、世界の最貧国のひとつとして自認していたけれど、貿易黒字が続いて1000億ドルと超える外貨を保有するまでになり、このため通貨VNDもかつての様に下がり続けることはなく徐々に安定してきたのです。
しかしアメリカからは未だに為替管理をしている国として疑われ、対米黒字も尋常な額ではないので、これにはトランプが怒るのはもっともだと思われても当然、46%もの関税を掛けるのも納得できなくないのです。
だがこの様な状況ではあるけれど、経済成長が続き社会も豊かになってきたのは事実。コロナ以降中国からの生産拠点移転もベトナムが適当だとされるのは、こうした成長の結果であり、生産力を認められたと思っても違いありません。
こうなると欲が出て来る。けれども工業製品の輸出額の70%以上は外資系企業に拠る物であり、これは技術者の育成や高等教育を行わず、自国で研究開発をしてこなかったツケだと筆者は思っているのだが、事実世界的に通用する特別な技術やノウハウなど自国企業には殆どない。このため海外企業に頼るしかなく、企業進出にあってはこうした技術移転を要求するほどなのです。
また組み立てでは利益は出てこないし、熟練労働者も育たず、高度な技術を持つスタッフも居ない。これでは企業の飛躍も発展も望めない。何時まで経っても下請けに終わってしまうわけで、付加価値を付けなくてはならない。これはイカンと政府はIT関係の事業を自国企業で行なえないかと、HCM市郊外にITパークを作ったのを皮切りに、現在ではグリーンビジネスとか AI開発などの最先端部門などを展開したいと考えているのです。
だが反面、若手の労働力を海外に派遣して、これを労働力輸出と称して年間の派遣計画まで立てて海外派遣局がこれを管理。これまで以上にヨーロッパなどへも輸出を計画しているのです。
ではこれらの人が海外で何を得たかと言えば、先進先端技術でもなんでもなく、単なる労働者としての賃金だけ。産業構造を変えるにしてはお粗末、専門教育もようやく日本の高専制度を移入しただけだが、これでは精々職人の頭を育てるだけ。国も地場企業もR&Dにも金を掛けず海外から技術移転しようとするだけの他力本願でいただけ。これでは技術力の向上や発展など見込めない。

こんな状況の中、世界銀行の専門家から半導体研修での弱点を指摘されているけれど当然のこと。
これまでにもベトナムのIT関係に関して、人材不足や教育についての問題点などを書いてきました。現地のこの様な実態を日本で報じることなど先ずなく、何時まで経ってもベトナムへの進出に関する昔のストーリーを鵜呑みにする。
しかし国内の有名紙やビジネス情報などではそうした事情にも触れています。
このひとつが今回の世界銀行の専門家の指摘という訳で、トイチェ紙が内容を詳しく掲載したのです。
これは4月26日、HCM市で開催された世界銀行とベトナム国家大学HCM校が共催したワークショップ、「ベトナムの半導体産業の人材育成に関する評価報告書に関する協議」と題した発表の中で、企業が研修プロセスに参加した際、生産品質が実際の業界の要求と一致していることに関する確認とされており、世界銀行の専門家が幾つかの主要な弱点を特定しているのです。
海外に進出することを考えれば、現地の真の実態を調べるべきで、後で判ったなどとんでもない機会損失。結局は赴任した社員が苦労するだけなのです。

ワークショップでは政府機関、大学、国際機関にハイテク産業関係者が参加。
世界銀行のシニア教育スペシャリストであるベンティル氏から半導体人材訓練に対する世界のトップクラスをモデルにしたプログラムをベトナム大学で実践しているとしたうえで、国内企業にはFPTやPFIEVなどのテクノロジー企業がある。これ等は企業内に研究所を設置し世界企業と連携して学生に短期のトレーニングを行なっている。これは質の高い人材育成であり半導体部門での人材育成システムを構築するものだとしながらも、国内での半導体訓練に関する取り組みが直面している多くの課題を指摘したとあります。
それは何かといえば、標準化されたカリキュラムが欠如している。大学間でのインフラの不均衡に加え、博士号を取得できた学生の割合が低い。即ち教育のレベルが低い訳で、研究成果に限度があり、正式なメカニズムが整っていない企業との非公式なパートナーシップを持っている。
企業が大学を人材の供給パイプラインと見なし、卒業生が業界の要件を満たすだけのものがないので、積極的に関与するべきと述べたという。

ベトナム国家大学ハノイ校の学長でもあるクアン教授は、高レベルの人材教育に焦点を当てて大学が半導体エコシステム全体の教育を行ない、この国内教育を国際レベルに合わせることを目指すことを強調。また世界銀行がこれに関し強力に推進することを望むとしたのです。
学長は大学が半導体人材の育成については多くの困難があるとし、特に研究所の運営は一回限りの資金しか投入されないので、大学が運営コストを負担しなければならないけれど資金難で出来ない。結果として学生に経済的負担が生じるし教育訓練の質にも影響する。
長期的な運用を保証しない初期投資がこの訓練システムを持続不可能にしている訳で、世界銀行にはベトナム政府に投資メカニズムを確立する提案をして、国家予算を投入して欲しいと要望。軌道に乗れば大学は企業と経費を負担するようにしたいと語ったとあります。

ハーバード大学工学部のウェイ氏は、ベトナムが台湾の新竹、韓国のIDECなど、マレーシア・CRESTの半導体開発モデルからR&Dセンター、IC設計ハブ、生奨学金プログラム、共有インフラ構築を学ぶことを提案した。さらに2025年から2030年までに研究所の近代化、講師のトレーニング、国立の半導体センター設立に重点を置くべきで、その先2045年迄国際統合と持続可能なエコシステム開発に焦点を当てるべきとしたのです。
また世界銀行の教育エコノミスト、グエット氏は、半導体に従事する労働者のスキルレベルは業界の需要との間で顕著なギャップが存在する。即ち質的には劣っているとの調査結果を発表しているほどです。
この結果を総括してクアン学長は、今回ワークショップで発表された調査結果はベトナムの半導体トレーニングの欠陥を現しただけでなく、政府、教育機関、企業の政策について重要なアドバイスをしたと評価。目標は国の開発ニーズと併せて人材育成に関し、世界銀行と共同研究を提案し、すぐにでも作業を開始したいとしたのです。
要するにベトナムでのIT人材育成に関しては、国際機関が調査した範囲では国際標準に達していないが、国はIT産業を成長の柱にしているが、実際には足許すら何も分かっておらず、積極的な財政支援が求められる。これに拠って一定レベルの人材教育訓練が可能である、ということに尽きる訳です。そこに日本から石破首相が来越、何とラッキーなことか。

株式会社VACコンサルティング 顧問
(IBPC大阪 ベトナムアドバイザー)
木村秀生