労働問題 ③ ベトナムの課題

2024年1月11日(木)

前回に書いたが、IT関連企業に勤務する技術者解雇の主因のひとつは、人材を急速に仕立てた事に拠る業務遂行能力の不足だとあるが、如何にもベトナムらしい。なにしろ比較できる基準とか標準、専門の国家資格がないのです。
例えば採用時の面接で「出来る」と答えるのは、自分なりに!という意味合であり、レベルが分らない。実例をあげれば日本語能力がN1か、N3なのかを問わなければ誤魔化されるのです。日本企業は上辺の言葉を信じてはいけない。
しかしこれは何もこの業界に限ったことではなく、全産業、労働者に共通して言える訳で、基礎・基本が出来ていない人が多過ぎるという実態があります。おまけに殆どの企業は歴史が浅く急成長した所もある。こうなると経営能力も、管理者の資質も不十分で組織として体を成さない。従業員はまともな就労経験をしていないし、やたら転職が多いのだが、これがまかり通っているのです。
ローカル企業には社員を教育・訓練・育成する考えはなく、採用する際に一応は実務経験者となっている。新入社員を定期的に大量採用する日本とは異なり、懇切丁寧に時間と費用を掛け「一人前の我が社の人材」に育てようとする日本企業のような理念とか風土などありません。
日本の企業や社員には大きな格差は殆ど無く標準的レベルがある。ともすれば中小企業や其処に勤務する社員の方が得てして能力や意欲が高く、特殊な技術を持っているという場合もあるけれど、ベトナムはそうではありません。
また企業への帰属意識は見当たらず、自分が造る製品に誇りを持っているとも思えない。それだけ福利厚生面では劣っており、僅かな給与額の差で簡単に辞めるのが実態。個人の資格などもそれほど評価されず、自己研鑽をして能力を高めようとする人など極めて少ないというのが感想です。それよりも生活が厳しくダブルジョッブをしなければ喰えない地方出身者は多く貧困度が高い。
これまでにも書いたけれど、未だにベトナム人労働者神話を頑なに信じている日本。勤勉で手先が器用。実際には現地で事業をしたり、社員を雇用したり、あるいは進出に関連して行政などと交渉した経験とか、生活体験のない人が、如何にも分かった振りをして進出指南本に書いている。これが大間違いであり元凶の元。信じてはいけない。自ら求める優秀な人を見つけなければならない。
進出は旅行の延長ではありません。どれだけ海外での事業は苦労が伴うのか。知識が浅くて知った被り、偽りの羅列に裏切り行為。新興国特有のアバウトさではなく人間性欠如が多い。目を覚まして考えろ、現地で経験しろと云いたい。
しかし奇しくも政府がいみじくも自らベトナム人技術者の能力欠如とその原因に言及した。これは全く以って驚愕の至りです。しかし技術者だけではなく、一般のワーカーや事務スタッフも殆ど同じ状況が多いのです。

・ハイテクを目指したけれど サプライチェーンも同じこと

急速に発展するAI。世界で競争するためには高度な能力を持つ技術者を養成する必要があるのだが、6カ月では無理とIT関連企業は言うけれど、当たり前の話でしかない。勉強する人は少ないのが原因で進化が無い。
長年親交のある現地企業の社長は、ご多分に漏れずに役員を身内で固めているけれど、こういうケースは色濃く残っている。来日したある時、社長が頑張っているのは嬉しいけれど、本当のNO2、NO3を置き業務を任せないと規模が大きくなれば組織を維持拡大できないのではと言ったことがある。
実は日本で病気になった事があっての話。実は彼らの能力やビジネスセンスを信用していないと話したが、まさにこれに当たる。立場に甘んじているだけで、自分で開拓するとか、海外と接点があるけれど専門知識や語学を修得しない。
普通の企業ならば解雇されても当然だが、これによく似た話は他にもあります。
さる上場企業。社長は若いけれど海外留学組。世界の状況が分かっているが、他の役員や上級管理職は全くダメという。海外有名企業からの発注に満足して、業務改善とか財務体質の向上、新規事業を考えないと頭を抱えて諦めムード。
言われるとやるけれど、それ以上はしないとか、創造性や企画力を求められる仕事は不得手である。そのため類似品(物まね)が横行するのです。あるいは見間違うようなブランド名を付けているけれど、部品を寄せ集めたベトナム製。
最低限の機能はあって安いけれど、品質保証もいい加減。実際に使ってみると良く解かるが一年と持たない。やっぱりね、と諦めるほかありません。
この様な事例は地場企業を訪問すると良く解かるし、格差が開く一方なのだが、危機管理を理解していない。マーケティング力が無いためいとも簡単にM&Aに応じているとか、ブランディングが出来ないため付加価値が付けられない。
品質管理が分かっておらず、海外事情に疎く輸出できない。世代遅れの機械を使って学校で物つくりを教えている。こういう事例は現地を深く知るほど多い。
こんな状況下で、ベトナムがサプライチェーンの移転を歓迎するとは馬鹿げている。高度精密工作機械に精神が無いので要求される精度の部品を造れない。
こうした状況であれば、一部の信頼できる地場企業にしか頼れないのです。

これをIT関連企業に当て嵌めると、ベトナム企業に求められるのは国際標準を追求し、量ではなく質を追求するべき、と関係者自身が語っているほど。
ところが多くの企業の実態はそうでなく、量を稼ぎ、利益を求めるので製品の品質を無視していると警鐘を鳴らしており、安心できて発注が可能なのは一握りの企業や経営者でしかない、と自ら業界の内部事情を明らかにしている。
市場が厳しくなるのに企業は市場ニーズを待っているだけ。10年以上の経験がある経営者でさえ仕事を見つけるのに苦労しているのが現状だという。

・労働生産性の早期改善が必要だが

政府の文化教育委員会に拠れば、2021年のベトナム人労働者、一人当たりの労働生産性は1億7200万VNDであり、2011年の7030万VNDから10年間で約2,5倍になったという。しかしこの間のインフレを考えれば実態はそれ程までにおどろく事はないのだが。それでも20年間賃金が上がらないどころか、税や年金負担が増加する日本に比べると羨ましい。
また2020年から2023年までの若年者雇用政策の実施状況に関しての、国会での報告に於ける文化教育委員会は、過去10年間での労働生産性の上昇率に付いては6%であったと述べています。たったこれだけ?で、周辺国に比して低い水準でしかありません。
労働生産性が思うほど伸びていないのは、経済構造の問題と、労働構造だとしています。即ち海外企業の進出で成長してきたが、製造に関しても殆どが労働集約産業、いわゆる組立であり、人が多く居るだけ。これを手先が器用などとうそぶくのが間違い。高度な付加価値生産が出来ず、研究開発力が地場企業に欠けているのです。おまけに戦略にマーケティング力や無く、折角の優良製品があったとしても海外ブランドにすり替わっているケースもある。こうした所にも支援に頼り過ぎた結果、自助努力が無いとされているのです。
また農業分野では非正規で働く人も事実いる、いわゆる小作もある実態で戦後に優秀な語学や専門課程の教師などが追放され、やむなく家族を養うために選んだという親を持つ人の話だが、これが続いている。だが血は争えず、親は学を付けろとHCM市の経済大学へ進ませた。
農水産業分野では若年労働者の31%が従事、建設・製造業は42%。若年者の約69%が非正規労働だと云われている。また外貨稼ぎのため労働派遣と称して海外に実習生として送られている。こうした若い労働力を粗末に扱っているのは自国の為によくありません。
さらにこれからの高齢化。今後毎年約17万人の若手労働力が減少するとみられているが手をこまねいている。人口構成は2020年の23%から2023年には21%に減少しているのが実態。はっきり統計で出ている。
だが一方で、大学卒や職業訓練を受けた割合は年々増加し、2021年には約21%に達したとあるがこれでも低く、依然として高度技術者が不足している。
これがグローバル市場への参入障害となるし、部品供給国への発展が危惧される所以となっているのだが、問題意識がなさすぎるのが現実です。
少し古いが、ベトナムの生産性はILOの2013年に発表でアジアの最下位グループとなっており、シンガポールの15分の1、日本の11分の1,韓国の10分の1。フィリッピンの約56%、インドネシアの約45%、タイの約37%、マレーシアの19%に過ぎないというもので、意識した改善が必要。

株式会社VACコンサルティング 顧問
(IBPC大阪 ベトナムアドバイザー)
木村秀生