司馬遼太郎がサイゴンに来訪の折。早朝、街にはヌックマムの匂いがする、と書いている。街を散策中に飯屋(ComBinhDan)から漂ってきたのでしょうか、夜明けと共に動き出した庶民生活の様子を見たままに表現したと推測します。
50年近く前、産経新聞のかつての同僚でもあった近藤紘一さんを訪ねていた時のことでした。その情景と往時の美しい家並みが脳裏に浮かんできます。
ベトナムの都会、農山村漁村、高原地域、豊饒のデルタ地帯等には夫々特有のにほひが存在します。いな、ホーチミン市でさえ各々の区や坊(phuong)毎に特徴あるにほひが醸成されている。赴任の際は絶好の機会と捉え、都会と仕事から離れて自由に時間と空間を愉しむ独り旅がお勧め。勿論ホテルでなく郷土色豊かな宿か知人の家に逗留し思い切り遊び回るのがいい。独りの旅人としてディープな地方暮しに浸れば、此の国の歴史・文化や自然の一面に触れます。未知の体験や見聞は視野と心を広く深くし、自己の新たな価値観の創造や機会創出に役立つこと請合い。
・中部高原の街
ダラットは植民地時代フランス人の避暑地であった所。風光明媚な見所が多く新婚旅行のメッカでもありました。HCM市から320キロ、バスだと7時間前後かかります。飛行機もあるが、バスの方が途中の景色を楽しめ、立ち寄る休憩所では地元特産の新鮮な果物などが安く買えるのも嬉しく、断然お勧め。
当時の別荘がそのまま残り、手頃な値段でしたが修理に莫大な費用が要るため高級ホテルに改装され人気に。だが今は保存のため購入ができません。
フランス人が利用していた鉄道が一部観光用に残され、駅舎は瀟洒な山小屋風。この近辺に友人の実家があって幾度となく来訪、目を瞑れば想い出が蘇ります。
ダラットは早暁が良い。霧がかかり清々しい風が林を通り抜ける。溢れる適度な湿り気を帯びた森の薫りを吸い込めば心身が浄化されます。この地の松の葉を見ると三本ある。日本は二本、洒落ではないけれど。林芙美子の小説「浮雲」には日本陸軍が此処で松材を使ってガス用木炭の研究をしていたとある。昭和18年10月の設定ですが、そこらの旅行案内よりよほど詳しく楽しい。林は朝日新聞特派員として赴任。8か月間のアジア体験を基に浮雲を著しました。
ダラットはまた高原野菜と花の産地。明け方に採って日本や隣国カンボジア等へ出荷します。特産の茶はアティチョーク、血を綺麗にするとある。
この街は3~4月、鳳凰樹の紫の花が咲きます。友の話ではこの地だけに植生。ミモザの黄色い花は10~12月。花のかおりに誘われ、村端の路傍に佇む一軒家のCafé。静寂が訪れる夜更け、暫し「空」の時を過ごせる贅沢が味わえる。
ダラットがあるラムドン省の北にダクラク省。省都はバンメトー市、ベトナム最大のコーヒーの産地。至る所にCaféがあり、なかで最大は文化施設でもあるチュン・グエン直営コーヒー庭園がいい。またコーヒー・カカオの品種改良等を行う国立コーヒー研究所もある(要紹介)。
此処は隣国ラオスと深い森を挟んで接する国境高地地帯。約30の少数民族が人口の半分を占める国内最大の民族の坩堝とも言われ、民族博物館があります。
このところ外国人観光客が増え、象に乗ってワイルドな山野の散策が人気とか。農家はコーヒーの花の蜜を採る養蜂も盛ん。蜜蝋と共に瓶に入れヨーロッパへ輸出します。此処は芳醇なコーヒーの香りと民族の息吹が融合する街。
・ニャチャン~ファンラン~ファンティエット(ムイネ)
ダラットからニャチャン方面はベトナム三大峠のひとつ、国道20号線にある急峻なディラン峠(Deo D`Ran)があり、途中、日本が戦後賠償で造ったダニム発電所のダムを遠目にしてバスは一気に下ります。
ニャチャンは戦時中アメリカ軍の保養地。今は海浜沿いに多くのホテルが並びます。市内にあった空港はカムランに移転し少々遠くなったけれど、リゾート地として発展。観光客には船で沖合まで行って遊ぶ海中パーティーが一番人気。宝石珊瑚が生息する海域は近いが、この秘所は海軍が厳重に管理します。
人気料理はもちろん海産物だが、日本向けの練物製品も此処で造られています。ダム市場の横にある人気焼肉店はニャチャン名物。〆にパンを注文し、タレを付けて食べるのが通。
此処から南、ニントアン省に続く国道1号線Aを下がるに連れ、目に入るのが海岸沿いの塩田。この地域は雨が少なく乾燥しているため塩作りには最適です。ファンランの広大な塩田、太陽の恵みを受け凝縮された塩を熊手でかき集めて真っ白な塩の山を築きます。ミネラル一杯の天然塩は竹の笊に入れて運ぶが重たいうえ、遮るものは何も無く強烈な陽刺しを日がな浴び続ける過酷さ。でも
ほのかに甘い塩の匂いがする風が頬を撫でてくれます。タン・ハイ(青い海)は複数種の海亀が産卵する特別な海岸。警備隊が寝ずの番で保護と監視。また葡萄作りが盛ん。ダラットに運んでワインを醸造します。
さらに南に下りたムイネは小さな漁村。観光資源として砂丘と、浸食でできたミニ・グランドキャニオン、こじ付け版がある。海岸縁に続くのがファンティエット。昔は小さなリゾートで路と言えば未舗装の地道。此処を訪れる観光客は少なく、人通りも疎らでした。今はズラ―と並んだ高級ホテルに分譲別荘やマンション。道が綺麗になり、乗り換えなしの直行便が4時間程で行ける様になって人気が出てきました。(続く)
株式会社VACコンサルティング 顧問
(IBPC大阪 ベトナムアドバイザー)
木村秀生