福岡に本社を持つロイヤルホ―ルディングスは、4月8日、双日と業務提携を行ない、HCM市に初の洋食レストランを出店すると発表しました。
急速に変化してゆくベトナム人の食生活。外資の導入で急速に増えたのかな?と思っていたのは2000年前後。日本からロッテリアが進出していたけれど、当時は日本から現法社長が赴任し、容器や紙類は日本から送られてきたので、日本語がそのまま表記してありました。バーガーキングも遅れて進出したのが、同社はその後チェーン化が出来ず、暫くして気が付けば撤退していました。
暫くして人気が出てきたのがケンタッキー・フライド・チキン。急速に店を増やしていったけれど、その理由は当時のグエン・タン・ズン首相の娘婿が介在、アメリカから呼んできたためだが、折しも若者が中心となってハンバーガーにフライドチキン、ソフトクリームなど口に合うと受け入れられ流行り出したのだが、可処分所得も向上した時期でもありタイミングが良かったと思える。
こうした状況から考えると、ロイヤルの進出機運は熟していると言えます。
筆者が住んでいた7区のPMH地区には両店が向かい合って店があり、住民の欧米人やベトナム人富裕層が楽しんでいた。ピザや他のファストフード店もあったが、チーズ等の乳製品を分らない人が多く従業員がピザを食べるのは初めてというので有名チェーンの品を持ち帰ったが、口に合わず食べられなかった。
調味料にしても店内でタバスコを頼んだけれど店員は知らない。料理に欠かせないケチャップも何か良く分らないし、マヨネーズは隣国から輸入したものでビン入り。色が白いのは黄身の色がアジアでは一般的に薄いためだが、油分が多くしつこいうえに臭うので美味しくなかった。その後にキューピーが進出、そこに後輩がいたので慣れた味が増えると、ひと安心した記憶がある。
誕生日とか歓迎会などをロッテリアなどでやっていたのは驚きだったけれど、ベトナムとしてこれでも当時は西洋の食文化が味わえる、店は近代的で明るく、店で働くスタッフも若くて多少の英語が話せる。都会にしか店が無かったこともあるけれど、ケーキなどは持ち込みOK。こうして幼児から西洋の味を舌で覚えるようになったわけです。イヤ、先にこういう手段で味に慣れさせる戦略だったのかと思えなくありません。これが見事に当たってしまった。
しかしファストフード店は増えたけれど、他の所謂西洋料理店というのは無く、家で小さなパーティーをした際だが、ハンバーグ、オムライス、フライ物とかスパゲティ、日本風カレーなどを作ったけれど、一般家庭では作らなかったし、作れなかったので子供には大好評。最初は恐る恐るだが、一旦口にすれば次の会を楽しみにしていました。彼らにしてみれば初めて口にした西洋料理だった。
だが日本食レストランではひと通りの日本で食される料理は普通に提供されるので、駐在員などは日々食事に悩むことに何ら問題ありません。しかし栄養的にみると野菜不足ではあるけれど、ベトナム人にすれば食事の西洋化は脂肪や蛋白質過多などで、知らずに子供の肥満や成人病の増加に繋がって行くのです。
ベトナム料理は野菜が多くてヘルシーなんて旅行ガイドブックにもあるけれど、伝統的なベトナム料理とか家庭の味が徐々に薄れて来る可能性もなくはない。
また並行して家庭での冷蔵庫・冷凍庫が普及、これに呼応するように冷凍食品の品目が急速に増えており、その手軽さと、味もかなり良い。さらにスーパーや大型モールが地方にまで進出していること。ベトナム人は特に朝食を自宅で作ることを殆どしないので、ますますこうした西洋の冷凍食品が増えるのではないかと考えられます。
親しくしていたあるベトナム人家族、何時もチャーヨー(揚げ春巻き)を忙しいのに手作りしてくれた。だがある時、味が違う!と思ったので聞くとなんと冷凍食品。またホテルのビュッフェでも同じ様に小さくて、中には皮が破れて餡が食み出ているものがあったけれどやはり冷凍食品。此処でも使っていたのには流石に興ざめしたことを思い出したのです。
手軽で良いけれど、こうして徐々に家庭の味、が失われ、味が画一化されるのは残念だが、時の流れに逆らえずで、文句は言えません。
そうこうしている間に日本から大手焼肉店がHCM市にも進出、また大阪から王将やお好み焼き店など出店。知り合いなどと食べに行ったのだが、其処にはハンバーグがあったけれどいわゆるファミリーレストランではなく、焼肉の店。他に西洋料理と言える品はありませんでした。
何時かはこういうファミリー層をターゲットにした、少しは落ち着いて食事が出来る店が出来るだろうと思っていたが、4月のニュースで博多のロイヤルがとうとう出店に漕ぎつけたとのニュースを目にしたのです。だが流石に今でも車社会ではないので、やっぱりバイクかな?とか郊外店なのかなど気になる。
余談だが筆者は20代の時、もう50年ほど前にもなるが、博多でマンションを建設したけれど現地には不動産担当の職員が居ない。そこで建築が完了した管理人室に寝泊まりして販売に行ったことがある。ローン手続きで世話になる銀行に挨拶に行くとき、何が良いのか支店の人に聞くと、ロイヤルの洋菓子が人気というのでこれにしたのが最初の出会いだったのです。その後、大阪でも大阪ガスと共同で店舗を増やしたが、比較的他のレストランより味は良かったと感じています。
株式会社VACコンサルティング 顧問
(IBPC大阪 ベトナムアドバイザー)
木村秀生