校長先生が、最初に給食を食べる国

2021年12月23日(木)

中国の各メディアが発信する日本の記事。これほどまでに沢山出稿され、来日した方から様々な日本の文化等に関するコメントをみるのは、ある意味で反面教師にもなります。
給食に関しても幾つか書かれているが、自国ではおよそ考えられないとある。単に給食という制度があるとか、無いからどうだ、でなく、腹を満たすための食事だけでもない。日本では給食を通して食を学ぶいわゆる「食育」であり、児童の当番制になっていて此処から集団行動の決まり事を学んでゆくと好意的。
即ち、児童は配膳の準備では手を洗い、割烹着に着かえる。盛り付けを行う際には平等に配分、食べるときには手を合わせ「いただきます」と生命への感謝を述べる。食物を粗末にしないことや、資源の回収、衛生の習慣、片付けなどを学ぶ。如何にも日本的な考え方で、組織の中で生きてゆくうえでのお約束をこういう所から身に付けて行く。これは教室の掃除でも同じ。多くの人は賛同するが、調和は養われても尖った個性は育ちそうにない。

我々が子供のころ、パンは地元のパン屋が納入。此処は同級生のパン屋で学校から帰ればお手伝い。食パン一斤30円。これを当時ロウ紙に包んでアイロンがけ、そして店頭で販売。商店街の子供は誰もが同じで、こういう経験を通して商習慣や家族の在り方などを肌で感じ取っていきました。当たり前のお手伝いは無言の教育。児童労働なんて非難する欧米団体の思考の方がおかしい。
今はパック入りの生乳。ところが当時は米国が親切を押し売りにした脱脂粉乳、飲めたものでは無く金物の容器に注いで口を付ける真似だけ。たまのコーヒー?は偽物。要らなければ残飯のバケツに放り込んで、業者が来て豚の餌に、という仕掛け。しかし冬は都会でも石炭ストーブが暖房の手段。教師が順番にパンを焚口に入れ焼いてくれたが美味かった。昭和レトロ。
だが中学になってほっとしたのは給食の無い事。ある知り合いであった教育長は、あんなん止めたらええねん、と何が正解なのかは別にして、本音。

ベトナムでは数年前だったと思うが、味の素が給食制度の普及を支援。都会はもとより地方でも始め、これを指導していたフィルムを観たことがあります。
国が違えば事情も異なるし、まして何につけても地域格差の激しさ。栄養状態などから考えて此処では給食はありかな、とも思えます。
まさかオリンピックで世界のアスリートから大好評だった冷凍餃子をベトナムでも販売するため、とは決して思わないが、それにしても、大学への栄養学の寄付講座。ご熱心だがどういう戦略なのか、気になるところ。
さて、この中国のネット記事、給食を一緒に食べるのは校長だと驚き。まさか毒見ではなかろうが、安全性の確認とか。自国では考えられないようです。
昔は教師が一緒に食べなかった。不味いから。ところが今は随分変わって地域の産物が、例えばカニ一匹とか、巨峰やステーキとか出ることもあるそう。

さてベトナムへ進出した日系企業。工員と同じ昼ごはんを社員食堂で食べている所が幾つかあって、私も知人の社長にご相伴に預かった事が何度かある。
多分他の外資系企業では考えられないこと。殆どは、地場企業でさえ、管理職クラス、役員クラスなど、いくつかに分かれていて、もちろん食事内容(献立)は全く違うし、食事をする部屋も異なっている所が多いはず。
ある大手企業で社長がバナナ1本多かったな、と客が(筆者)一緒だったので気を遣ったと苦笑い。24時間フル操業していた当時は3回転する忙しさ。
だからといって味の、内容、量をケチってはいけない。これで転職する人が居る現金な考えは今も健在、家族へ送金する為しっかり喰う。ベトナム人の食と職に関する考え方が我々とは大きく異なる、という点を理解する事も必要です。

昼食を一緒にした事でどの様なことがあったか。ひとつの実例を挙げてみます。
TT工業団地に進出した企業。社長は根っからの大阪人で、邦人は彼一人。
だからではないが、お昼時は食堂で従業員と一緒に食事する毎日。彼に拠ると社員の気持ち、その日の状況や、ベトナム人女性が大好きなウワサ話を一緒になって聞く、これが日課なのです。
私の経験でも現場に行って社員と一緒に仕事をしたが、ベトナム人からするとこんなことはベトナム人オーナーならあり得ない、偉そうにしていると言う。

ある時、有名な新聞社の記者が来てオネダリ。ベトナムの新聞社は取材する時に幾ばくかの金銭を貰って記事を書く。レストランならこの店は味が良いとか、リーズナブルだとかで、日本人の経営でも平気で同じ要求するのにも慣れっこ。
ところがこの社長はビタ一文ださない。案の定、新聞に嘘八百ばかり腹いせに並べたのです。ところがこれを読んだ工員(ほとんどが女性)は怒り心頭。
これはデマだと騒ぎ立て、この工業団地全域に知れ渡るところになりました。慌てたのは件の記者。よもやこんな展開と、悔やんだでしょう。その先、此処には来られなくなりました。恐るべし女性パワー。
社長は前からコヤツがそういう手合いだと知っていたと言うのです。私もその記事をみたけれどこれは酷い、まして政府系機関紙。図に乗り過ぎこの立場を悪用したのがアダとなったと言うお話。

反対にベトナム食を食べられない社長も居て、彼は社用車で日毎レタントン通りへ出て日本食のご昼食。赴任する社員が何れの国でも現地食を食べられないと言うのは不幸だし、まして会社はその人物を選んではいけないのです。

誰だって身近に接してくれ、話を聞いて貰えるのは嬉しい。それが待遇改善になり、何らかの動機付けともなるのが現地での処世訓。
例えば日本語を習得するきっかけになる。努力が実って社長秘書にまでなった女性が居ます。彼女の故郷では有名人。新聞には工員が秘書にと報じられた事もあり、毎年多くの若者をその会社は受け入れてきました。
教育訓練も必要、人事考課や昇進や登用も大事、インセンティブも講じなければならないが、外国企業で仕事をするベトナム人の考えは、給料を貰って労働を提供するだけ。日本の様な企業風土は無く、帰属意識や職業への自負や矜持を持たない人は未だに多い。
それでも大切な事がある。大手企業はほぼ赴任期間が短い。しからば時代が変わっているで、何かしらチャレンジができるかもしれない。しかし甘やかしは禁物で弁えるべき限度がある。

株式会社VACコンサルティング 顧問
(IBPC大阪 ベトナムアドバイザー)
木村秀生