ベトナム人労働者高齢化と熟練者の不足

2023年1月5日(木)

日本の国際協力機構(JICA)がまとめた報告書に拠ると、ベトナムは人口が高齢化し、また人件費が上昇しているため、これまで進出する企業のお題目になっていた「若い世代が多く安価な労働力」がもはや通用しなくなり、その優位性は直ぐに失うと述べています。
2015年には法定労働年齢と呼ばれる15~64歳の人口が70%を占めていたのだが、この所の各報告によると人口の急速な高齢化が見られ、これにつれてその比率は2050年までに60%へと低下するとされています。
こうした警告はこれまでにも為されていた。2016年の世界フォーラムでの専門家の見解では第4次産業革命で自動化が普及し、衣料品、靴履物、水産物加工品、電子機器組み立て、小売りなどの産業は労働者にとって代わるため、これまで低コストであったベトナムの優位性が低下するとしています。

ベトナムの経済成長は若い労働力という低(労働)コストに支えられた外資系企業の投資・進出に拠るものであることに違いありません。工場には地方から都会に仕事を求めて出てきた若い世代が溢れていました。時代にもよるけれど、多くの人は故郷に現金収入が得られる工場とか企業が無い。南部のメコン地域など食うだけは全く困らない。家の前の運河で魚を調達、庭にはバナナなどがたわわに実っており、豚や鶏、家鴨などを飼育してご馳走にする。生業は農業、米作りが主だが、高く売れるものでは無く毎日の労働は厳しい。こうした生活環境から逃れられる都会へのあこがれが募って行くのです。企業に就職し事務職になるのが夢、しかし殆どの人は学力が付いてこないし特別の職業スキルがある訳でもありません。そこで人が要る外資系工場へ勤めに出るのだが、殆どの作業は製造というより、組み立てとか、衣料、靴履物などの二次製品の作業。
接着材の臭いが充満する、埃が舞っているなど、決して作業環境が良いものでなかったのです。現在はかなり改善されているが、20年ほど前など普通の人ならその場で倒れるくらいの酷い状況でした。
だがこうした武器が何時までも通用するものではありません。経済成長とともに賃金は高騰を続け、国も豊になり、外貨準備高も急増しもはやアジア諸国の中でも断トツの成長を続ける存在に成って来た。同時に産業構造も消費行動にも変化が表れているのが現状です。
しかし基本はほとんど変わっていないのが印象(本音)であり、JICAでは各種問題を解決するには労働生産性を上げる事としているが、ベトナム企業の多くは食規模。零細であり、経営力と技術力を向上させるため必要なリソースが不足していると分析しているのです。
また進学率も上がってきたし、海外へ留学する人も確かに増えました。大学を卒業後に語学を修得。日本などの大学院へ進学するとか研究を続ける人もいる。
こうした中には先進先端の技術を持った優秀な人もいて起業。今では自国のみならず海外へ進出する企業経営者も出てきたのは事実です。

しかし問題は2020年の全労働者の学歴で高卒は僅か38,8%だったという。
1990年代に現地に居住していた筆者などは、これでも随分上がったと感心するが、世界的に見れば、また現在のベトナムの成長から見れば、こんな低いレベルでしかありません。即ち基礎学力が欠けているため、応用が利かない。知識はあるが実験とか実技、クラブ活動もないので経験が身に付かない。教師は出来ない生徒は放っておいたまま無視。生産性の低さはこれら学歴の低さなどを理由として挙げています。
さらに大学の世界的レベルも低く最高位でも800位程度。だから本当に優秀な人は無理してまでも海外に留学するのです。大切なのは人間の基本的能力などそんなに変わるものでは無く、教育制度や学費面で如何に優秀な人材に高等教育を受ける機会を与えるかによると考えます。
さらに教授陣にしても入れ替えを行い、スキルを持つ学生を育成する方向性を持たなければ取り残されます。実際の話、日本の国費留学が決まったある教員がいました。だが大学は休学を認めない。この理由、教授陣の能力実態が露呈されるからでしかありません。彼はどうしたか。大学を辞めて日本へ出発した。国立はダメでも私立大学では優秀な教員は必要だと判っているので、幾らでも職はあるので帰国後の特別心配はないのです。

・熟練労働者の不足が問題

工業化が進み単なる組み立てでは済まなくなった。外資系企業にしても国内でR&Dにも力を入れ始めた。そうなると研究者の不足がはっきりとする、もの作りの現場でも精巧な製品を造るにはスキルを持つ熟練したワーカーが必要になるが、国内には僅か11%しか訓練された職能者しかいないし、まして英語が話せるのは5%とされているため外資系企業が要求する基準には満たない。
企業もそうしたニーズを持ち、募集するけれど人は集まらない。これは当たり前なのだが、全く不足していると政府は理解しているが、何の手立てを講じなかった責任は政府自体にあります。即ち外国投資FDIを得ることばかり考え、国内の部品産業の育成を疎かにしていた。また先の高等教育の通り人材も育てようとしなかったわけで、海外に頼り過ぎて自助努力をしなかったのです。

こうした中でCOVID-19の世界的蔓延から生産拠点の中国からベトナムへ移転が叫ばれ、多くの国や企業も賛意を示し、国にしても歓迎するに違いなかったが、先の様な直面する課題に対するリスクまで考えてはいません。一部の経営者や経済専門家はこれを指摘し、必ずしもベトナムに有利に展開するものではないとの考えもあります。日本の様に製品の品質が標準化されておらず、企業間での差があり過ぎるのが現地の実態。これは労働者の熟練度や育成に問題があると考えられます。

ベトナムの労働力は1986年の2700万人から2022年下期に5140万人に増加。しかしCOVID-19を切掛けとしたリモートワークで働くことが出来る人材は僅か9%弱しかいないとしています。
この様な状況で企業の57%が質の高い労働力の確保に苦労しているのが現実。
このため給与だけでなく、福利厚生など労働環境を改善し従業員を採用し易くする条件やインセンティブを創り出す企業が増えている。
企業側は政府がこの事態を重く見て、職業訓練を実施して熟練労働者の供給を行う投資をしてほしいと要望。
チン首相は、余剰労働市場は経済不安を引き起こし、社会秩序を乱す可能性があると言及。労働の質が下がれば市場は徐々に競争力を失って行くと述べるがまるで他人事。企業が努力せよと言わんばかりで上手く行く道理はない。

株式会社VACコンサルティング 顧問
(IBPC大阪 ベトナムアドバイザー)
木村秀生