HCM市初の地下鉄に運行危機問題の発生から考える

2023年6月12日(月)

遅れに遅れたHCM市の地下鉄開業。昨年5月17日には日本から日立製車両が届き、同年12月21日には念願だった開通セレモニーと試運転を行なった。これで安心、ようやく辿り着いた念願の新しい都市交通時代の幕開け!となる筈であった歓喜の万歳をよそに、三度目となる見事に期待を裏切るような記事が現地からありました。

ベトナムと言えば足となるのがバイク。増加する一方で高校生までもが通学に使用。となれば市内は渋滞するばかり。もはやこれでは都市機能など果たせないとし、待たれていたのが都市交通インフラの改革。その中で地下鉄を敷設することが最も重要だとして、国家プロジェクトとして事業を行う事をようやく国会が承認し工事に着工したのが2007年。だがこの承認には実に10年もかかっていた。
日本人から見れば理由の分からない話。勧進元のHCM市、政府・各省庁などの思惑で延び延びになったのがケチの付き始めとも云われる所以なのです。 もちろん自国企業は何もできないので全部を海外に頼るしかありません。
総工費は減額されて1260億円、日本のODAで建設。2015年に1区のベンタン市場と、日本でも有名になった国道1号線沿いのエンターテイメント公園があるスイティエン間19,7キロに14の駅を設置(地下駅3、地上駅11)、30分で結んで運行を開始するというのが当初の目標だったのです。

ところが、経済成長真っただ中のベトナム、さらに輪をかけるのが土地と物価高騰とパンチの連続。3度も開業が延期され、なかでも最悪だったのは日本の事業共同体に対する工事費の未払い。在ベトナム日本大使がしびれを切らして政府に諫言、なんとか遅ればせながらも支払うがこれで信用丸つぶれ。
着工から8年も掛かりやっと試運転まで漕ぎつけました。これまでの過程からベトナム人でさえも、さー、何時になるのかね?と、まるでアテにしておらず、いつもの事と驚きもせず、端から期待などしなかったのは正解。

さらにCOVID-19が邪魔をしたこともあったけれど、後は順風満帆かと思いきや、タイトルにあるがごとくさらなる問題が此処に来て出て来ました。
現地のビジネスや雇用環境を良く知る者にとっては、またぁ~とさほどの驚きはないのだが、いつも通り分かっていながら黙っていただけの話。
こうなるとHCM市内で計画されている他の地下鉄8路線にまで影響が及ぶのは必至。
何しろ国の承認が無ければ何ごとも出来ないし、では仮に他国がODAを供出し、全てのシステムや車両製造から建設工事まで果たして請ける国があるのか。前例があるから疑問です。

また必ず起きるのがお金に纏わる諸問題。おまけに勤労に関して日本人とは異なるという感覚のズレ。これ等を理解できなければ現地の事業なんて出来っこありません。せっかく運転手などのスタッフを熱心に育成しても、いとも簡単にその日にサヨナラなど、責任感など微塵も無くあっけなく辞める国民的体質。
こういう洗礼を受けた経験は進出企業に必ずある。これが今回もその要因になり得る可能性も考えられる。では、一体何が起きたのでしょうか。

実はまたまたおカネに関する問題が此処に来て発覚。せっかく運行が可能になった地下鉄なのに資金不足に陥り、このままでは運行を維持出来ません。
もちろんそれ以外に安全を確保するため保安担当者に保守点検要員など、必要な706人の給料が払えない事態となり、これは困ったことになったと財務省に泣きついたのです。しかし国が直ぐに事情を理解し、資金を出すなんてことは全くあり得ない。地方自治なのに国会審議など本当に必要なのか疑問に思うが中央集権ゆえのこと。
こんな状況は予算管理をきちんとしていれば分かること。また繰り返し資金が乏しくなってきたこれまでの経緯を踏まえていれば、予め分かるであろうと思える事は経験上良く解かるけれど何しろ経営者でも財務・経理には疎い。何と2021年8月時点には底をついていたようです。
10年も国会承認が遅れ、この間に事業の大幅な遅延と物価等の上昇が起因と考えられるけれど、予算計画自体が根本的に甘かったツケが回ったのです。
さらに給料以外にも保険料等の支払いもあるけれど、これも支払えないままの状態で負債は増える一方。

地下鉄を運営する企業を設立した際、その計画の中にベトナム政府とODAを提供するJICAが合意したところでは稼働する前には当然収益は出ない。
そこでHCM市は運用を確実にするために予算を割り当てる必要があるとしていた訳です。所詮こうなるのがこれまでの経験から予見できたので、こうした予防線を張ったのだろうが、心配していたことが現実になりました。

事業計画が途中で狂った原因は明らかであるけれど、その際にこういうことがまた起きるであろうと思うのは分かり切ったこと。学習能力の欠如でしかない。
初めての経験ならこそより真摯に取り組むべき事案です。

・現地ビジネスの弱点

どうやらその日の食い扶持はその日に稼ぐなんて生活が日常に染みついている。頼母子講みたいなのがあって、朝仕入れの小金を借り、夕方に高金利だが利息を付けて返済する。こんな仕組みが私の知る限りでもあった位です。
筆者が考えるところ、長く中国、フランスに支配された歴史があり、挙句の果て東西代理戦争に組み込まれたが、一般人でさえ明日の命など保証はない。
だから長期的思考や計画性、目標設定など無駄。また簿記や会計など経営者も学習したことも無く分らないのが実態なのです。これはローカルで事業をしたからこそ分かるけれど金銭問題という形になって現れるので始末に負えません。
民間ビジネスに於いても、この様に事前に予測して準備するとか各種目標など不得手この上なく、計画的な工程管理も期待できず、なすがままに終始。
永年の知人の社長。ベトナムでも大手国営商社から子会社を任されて大きくしていった。日本にも何度も来ているし知人も多い。ある時、忙しくなったのでNO2やNO3を置かないと体を壊すと話したが、役員の多くは身内に関わらず駄目という。国内しか仕事していないからビジネス感覚がまるで付いていないとも言う。これを言われると素直に頷けるのです。
また大手上場企業の若手社長。世界的に有名な企業から生産委託されているが、転換期になったと感じている。大量生産は得意、だがそろそろ多品種少量生産で付加価値を高めたいけれど人材が居ないと嘆いていた。彼は英語も分かるしグローバル事情も理解できている。しかし役員や部長クラスはこのままで良いというのだからどうしようもなく孤軍奮闘。改革とか自助努力で開発するとか、世界の市場性なども全く無知。勉強する気も無いと頭を抱えていました。
若手の留学組などは考え方も違っているが、国内大卒だけでは井の中の蛙状態。
この差は赴任して実務を経験した後、採用後に気が付きます。
サプライチェーンのベトナム移転、と簡単にいうけれどR&Dは強くないし、化学工業や装置産業も駄目。かといって精密部品造れるだけの技術やノウハウも持たないし、グローバル感覚やビジネスセンスはおよそ身に付いていない。
政府はITなど先端分野での成長戦略を掲げるが教育や育成が伴わない実態。海外企業やODAに頼る術は身に付いたけれど、親方から頭の転換をしてゆかないと何時まで経っても変化も改革も進化も望めない。こうした実態は残念ながらこれまでと変わっていません。
イギリスのエコノミスト誌、インテリジェンス・ユニットは今後5年間の世界ビジネス環境ランキング調査で、ベトナムは82ヵ国中12位もランクアップ。
上昇率トップとか。過去5年間で改善したというが、一体何処をみているのか。
いみじくも地下鉄の話題から金銭問題が浮上したが、企業を覗き見すれば様々な問題点が露呈したという訳です。

株式会社VACコンサルティング 顧問
(IBPC大阪 ベトナムアドバイザー)
木村秀生