大損を承知で南北高速鉄道を建設 Vinグループ

2026年2月12日(木)

少し前に描いたコラムには、ベトナム地場大手企業数社が南北新幹線に興味を持ち、建設をベトナム企業で行なうとする記事が掲載されたと書きました。
このところ俄かにこの動きが加速し始めた模様で、Vinグループが鉄道建設のために創った企業VinSpeed社は、これを決定したと11月25日の現地経済ニュースが報じているのです。もちろんオーナーの決定以外、何ものでもない。
しかも狂気の沙汰か、いくら地場企業で新幹線をすると意気込んだところで、では鉄道敷設、高速車両の製造に運行安全制御システム、信号系統等々、知識に経験がある訳でなく全ては未知との遭遇。経済紙は数百億ドルの損失を承知の上で、オーナーのファム・ニャット・ヴォンの財務計画に驚いたとあります。
これに先立ち長男のクアンが自動車メーカーの取締役に就任しているが、彼は複数の系列企業で役職を歴任して2019年にVinFastに入社しているけれど、これは将来の社長業のための武者修行だったのかもしれない。或いはヴォン氏が自動車を任せ、自らが名乗りを上げた鉄道部門へ注力する構えなのかだが、この32歳の長男は関連企業の株式を大量に持つ大株主。親の七光りの象徴。
何でもシンガポール経営大学で学んだ経営学士とか。だがどれだけの経営能力と商才があるのかも分らないボンボンに経営をバトンタッチする前哨戦なのか、またさらに身内でグループを固める布陣なのか。

・巨額赤字の垂れ流しと右往左往する企業実態

このVinFast、第3四半期の売上額は18兆1千億VND(6億8700万ドル)、前年比で46,8%の増加。EV販売台数も74%増の3万8200台になったけれど、赤字体質は一向に変わらず、販売額を大幅に上回る23兆9500億VNDの巨額赤字(純損失)となったのです。これは前年同期比81%の大幅増。威勢は良いけれど財務内容はこんな危険水域。この補填を小売りと不動産関係で行なっている余りの理不尽さは、自由主義経済下の民間企業なら許されず、万年赤字体質は変わらないどころか増える一方が実態です。
レシプロエンジン車から構造の簡単なEV車へ素早く切り替えたけれど、政府の後押しもあってEV化はバイクにまで及び、政府は国産車?を急速に国民に買わせようと補助金まで出して全力支援。ところが、来年からハイブリッド車も売り出す計画と迷走状態。これは何を意味するのかだが、世界の潮流はEV車から逆流を始めており、名だたるヨーロッパメーカーもこのトレンドの渦中。
元々自社に技術力は無く、設計にデザイン、EV化しても燃料電池は海外依存。
いくら勇ましく成長神話と御託を並べても、所詮は歴史が浅く、確たる積年の独自技術にノウハウは無く、世界の潮流に翻弄されている?のではなかろうか。

・ベトナムで有名なThanhNien紙で

Vinグループの副会長であるクアン氏は、南北新幹線は数百億ドルもの損失を出す恐れがあるのに何故このプロジェクトの実施に執着するのかを説明したとある。本心なのか、言わされているだけか?
幾ら国家が渇望する事業としても男気だけでやれるものではない。多くの社員を抱える企業を運営する社長が、採算の見込みが全く無いプロジェクトに投資するなどあり得ず、しかも予想される赤字額が想像を超えたものであればこそ、本来は株主・社員・取引先への背信行為となる筈で、無謀でバカにしている。もしこれが現在の日本であれば、株主訴訟になるのは間違いありません。
副会長は、世界中の高速鉄道の大多数は長期的に損失を受けなければならないとし、利益の計算を怠っていると指摘した。利益を計上しているのは上海高速鉄道だけで、これは人口が多くて毎年数十億人もの旅客を輸送しているからであるとするが、これは間違いであり、はっきり言って詭弁でしかありません。
インドネシア高速鉄道など初めから赤字だが、当時の政権が中国に丸め込まれた借款の結果であり、誤算というよりも大統領個人の名誉とか権勢欲の権化。
他国の事例を充分研究している筈なのに、博打と言っても間違いない案件への投資を個人資産や他事業から補填で賄うのは虚勢以外に何物でもありません。
ハノイ~サイゴン間の約1541キロ。現状から見ても成熟を見ないビジネスで利用できるものではなく、また旅行の移動手段として使われる保証はない。時間と費用効率を考えれば鉄道マニアでなければ航空機を利用する。なのに、何故、冒険どころか、採算に乗らないと分かっていながら手をあげるのか。
具体的には営業開始から最初の30年間で、年間56億ドルの収入が予測されているが、減価償却費に利息を除いても、直接の運営コストは年間42億ドルとされている。計画されるプロジェクトには610億ドルの初期投資とあるが、これまでも地下鉄建設の状況を見るとコストはさらに上積みされてきたので、収まる訳がなく、まさに個人のエゴ。30年間の運営で総キャッシュフローは試算では420億ドルとするけれどこれもアヤシイ。数字など幾らでもいじることは可能で、会社が都合の良いように鉛筆を舐めればいいだけ。この試算ではVinSpeedの支払利息は最初の10年間だけでも10億5千万ドルとされるし、拡大コストとして予想する約105億の借入金に対しても別途利息が発生すると記事にあります。誰が観ても愚の骨頂。
しかもこれには初期投資は含まれず、また鉄道を運行するための保守点検費用とか大規模な機材・部品の交換費用、さらに車両交換時期を30年とすると、さて一編成当たり何億ドル掛かるか?これに対してオーナーは綿密な財務計画を立てグループの配当を充填、さらにグループの非公開株式の売却を目論む。
それでも不足なら本体のVinグループの株式に手を付けると破れかぶれ。

・懐疑的な見方も わざわざ否定に回る

クアン氏はVinSpeedがサービスと国家と国民への献身の精神で、この高速鉄道案件に取り組む準備ができているとしたがまるで体育会系。今どき流行らない。
しかし逃げも打っており、企業の資源は無限ではないとし過度なコストを負担すれば財務能力は圧迫されると強調したのは保身から?もしくは無理だと弱気を見せたのか。だがもしPPP(官民パートナーシップ)方式に切り替えればこれほど多くの資本は必要ないと示唆しているが‐これこそが本音だろうけれど‐幾つかの提案もしている。ということは、この資金に関して政府が公式に検討しているとか、決定したというものではなく、ヴォン氏の焦りで、政商的役割を演じたいとの逸る気持ちから先走ったという訳なのか。

この新たに設立した会社が、5年でプロジェクトを実施できるかという懸念、これは当初の半分の期間だが、ニャ博士は問題ないとしていると記事にある。
彼に拠るとVinSpeedのバックに国内最大の複合企業と巨万の富を持つ英雄気取りの富豪のヴォンが居るとし、この会社が21カ月でVinFastの自動車工場を予定より早く完成させたこと、10カ月で全国規模の展示センターなど一連のインフラを完成させた実績を強調したが、見せ掛けも甚だしく出来る訳がない。
VinFastは高速鉄道沿いの不動産開発を行わないと表明、コストを此処から捻出するのではないかという誤解や懸念などを否定したとする。
御用学者の様な肩を持つ人物が現れ、この博士の見解を現地報に掲載すること自体が作為的。ハイフォン工場で作った自動車の実態が、実は自国地場の企業の持つ技術ではなく、設計にデザイン、生産工程にしてもベトナム人が適わず先進国の技術者によるものであったことを知れば、国民は失望してな~んだ!と思われるのに先手を打った感があるとみる。

日本の新幹線はかつての航空機技術を車両設計に生かし世界最速を実現したが技術者は精鋭揃い。大陸で最新鋭列車アジア号の経験もあったし優秀な戦闘機に艦船を造って来ておりこれを平和利用したが、部品製造に金型、車両ヘッドの丸みのある流線形は職人による手作業によるものだが、こうした繊細なワザで以って造るのは真似できない。まさかこの技術の移転を前提?
資金は世界銀行から借款だったが無理なく返済しているが、その必要性と返済能力を認めていたからであり事実旅客輸送は増大。これが山陽新幹線、全国の新幹線網の整備に繋がり技術は日々進歩している。
国中が世界初の夢の超特急に憧れ、当時の総裁は情熱と崇高な使命感を持っていたし、様々な本も出版され子供に夢と希望を与えることが出来た日本の社会があったのを記憶している。

・民間投資が最適な選択肢との報道もある

別の経済記事に経済学者であるヴォ・ディン・アン氏によると、南北高速鉄道に置いて、公共投資やPPP方式に比べ、民間直接投資の選択が最適であるとしている。この理由は公共投資であれば、予算は100%支出しなければならず、この場合、総投資はほぼ確実に赤字になるため利益は出ない。現在の計算では回収期間は最大で140年にも達するとされ、しかも運営、保守などの費用がこの先の数年間で数百ドルに上ると、事実上返済は不可能となる可能性が高い。
これは世界中で多くの国が経験しており、これに拠り公的債務と国の信用格付けに大きな影響を及ぼしている。さらに公共投資の効率性、このプロジェクトの様に国家的戦略であれば総投資額の大幅な超過と時間の長期化、そして経済的機会損失を招く可能性があるとしており、此処は学者らしい見解をしている。
一方でPPP方式は一見バランスが取れているように見えるけれど、実際には当事者間で多くの利益相反があり、この国には対立を処理できる適切な仕組みなど無いとの冷静な判断を下している。
特にこの南北高速鉄道プロジェクトの問題はさらに大きいと指摘。規則に拠れば民間セクターは資本の少なくても30%を支出しなければならないとしているけれど、この案件の総資本を600億ドル以上とすると、どの企業も投資をできる余裕はない。PPP方式はBOT高速道路、港湾、空港建設など、どの投資家でも資本得あるに充分な回収が可能なキャッシュフローがある案件に適している。だが高速鉄道は異なり、企業は多くの資本を調達しなければならず、切符収入だけならコストは賄えない。この理由はメンテナンスコストが極めて高額になり、企業がこの数百億ドルを費用が加算される訳で、果たして企業が負担するだけの勇気はなく単なるパートナーとしての役割を演じるだけ。
投資家を引きつけるためには国家は利益を保証し、リスクを負えるだけの体力があるかに拠るが、これがこの国にあるのか。彼の結論は、国家が資本の80%を貸出、民間部門が20%を拠出するなら、国家の80%に付いては30年後に回収され、何も失うことなく実現することができるとする単なる皮算用。
一方で公共投資の場合は100%を拠出するだけでなく、返済が可能であることを証明する根拠は何もない。省は監督と承認手続きをすればいいだけで、資本とコストの負担、公共投資の様な数十年に渡るリスクを負うことはないとする。
また民間が直接導入し運営するとなれば迅速に実行でき、コストは最適化され、技術革新を進められ長期的に効率経営を実現できるとしているので、この方法が適切と評しています。地場企業にそこまで出来るだけの様々な能力を備えているのはどれくらいあるか疑問。他社の追随は流石に無いと報じている。
さてどこの国がVinグループと提携したか?だが、12月19日報はドイツのシーメンスと発表。技術移転するとかで520億ユーロに釣られた。

・THACOも参戦か

そこへ、またもやTHACOが韓国・現代ロテムと協力して高速鉄道(車両)の生産に名乗りを上げたのです。
このTHACOはベトナムの自動車製造企業。というより、海外のメーカーのノックダウンを行っている。南北新幹線にも手を挙げたことは以前に書いたけれど、この度、ベトナムでの都市型路面電車、高速鉄道の車両製造に関して、戦略協力協定を締結したと報じられたのです。しかし韓国の鉄道の安全性は、日本でも鉄道事故で報じられたが些か疑問な部分があるし、海外輸出実績など聞いたことなどありません。だからいとも簡単に技術移転に応じたのか?
THACOは2025年6~8月にかけて役員などが韓国を訪問、ロテムと協議し、鉄道展示会に参加。そのうえでベトナム・韓国フォーラムでラム書記長や両国首脳の許で覚書に署名をしていたというから、準備は着々としていたという訳だが物つくりであっても畑違い。専門性など全く無視。
Vinグループの件に関しては前頁までに書いたが、総花的で資金面を強調しているけれど車両の製造など具体的な面には触れていません。一歩出し抜かれた感じがするけれど、書記長まで巻き込んでいたとは。これで決まりか?
契約に拠れば、ヒュンダイ・ロテムはコア技術を移転。THACOがベトナムブランドと組み合わせたトラムや高速鉄道の製造支援をするとなっている。
両社は車両の他、貨物車、信号制御、電気、機械の包括的運行、保守、修理、管理に至る総合システムを構築することとなっている模様。THACOの目標は鉄道バリューチェーンを極め、コストを最適化し、国際的な技術基準を満たすことで、これをロテムが支援するという次第。THACOは車両などを製造するため、HCM市内に786hrの機械工業団地で鉄道車両を製造する計画。此処では試験走行や保守・修理センター建設も含むとしているがまるで日本の明治、英国から技官を派遣してもらい鉄道建設を委ねた時と似ている。
12月4日にはTHACOの代表団が地下鉄の調査をして、運転手無しで完全自動運転を24時間、365日稼働できるGoA4システム、またメンテナンスセンターを建設するため、その設計の参考にするデポのモデルと技術プロセスについて検討している。大阪市の地下鉄にタイヤ式の自動運転があるけど。
THACOは資金面に関して、613億ドルを越える投資を提案。少なくても51%の株式を保有することも提案。このうち80%は国内外の融資で賄い、政府保証と30年間の金利支援となるというのだが。さて国内での資金調達はまだしも、海外投資家となれば採算性が見えないのでは見向きもされない。
ベトナム国鉄は全く蚊帳の外で音沙汰無し。事情は日本の場合とは全く異なり大手企業の群雄割拠、勝手な事業構想を撒き散らしているだけ。主管官庁も何ら動きは見えないし、計画性も統一性もない。そんな感じがしてなりません。

株式会社VACコンサルティング 顧問
(IBPC大阪 ベトナムアドバイザー)
木村秀生