2000年の初め、レタントン通りに唯一、小さな神戸牛のステーキ屋があったけれど、ベトナム人にすれば高級品、普及せず長くは続かなかったのです。
その後、日本企業の進出と並行して高級なステーキハウスも出店したけれど、これには知り合いのベトナム人が請われて出資したと言っていたのだが、昼は良いけれど夜は余りにも高すぎて結局は一年も持たなかったのは現場を知らず、時流を観る事もなく、時の勢いに任せたのではと考えるが、これは危険です。
比較的リーズナブルでアメリカンだがステーキとハンバーグが食べられたのは、ティサック通りにあって此処は地元の方で連日流行っていました。
こういう状況を見て来た者からすれば、時は熟したのではと考えてもいいのではと思うけれど、海外に出た実習生や留学生も帰国すればお客にもなり得る。ともすればベトナム人経営者の方が、駐在員よりもお金を自由に使えることが出来るし、今では北海道のとある市役所にベトナム人が居て水産物などの輸出に携わっている位なので供給ルートは確保できているのです。
さて報じられるところ、ロイヤルHは外食事業をベトナムで展開しようと双日の協力で現地法人を100%出資で2024年8月に設立。地域ニーズに応じて幅広い業態の飲食店を展開してゆく計画とあります。その資本金は344億VND(約3億6400万円)とかなり飲食業では多い。今後は双日が増資分を引き受ける予定とある。
双日を現地の協力企業に選んだのは正解かと思えるのは、何しろ旧・日商岩井。
戦後に多くの日本企業が会社を畳んだけれど此処は残った。これには政権側が感心してその後の事業はかなり上手くいったという伝説のある企業。その現地の基盤と食品関係の強み、開発力が活かされるのではと云われています。
なにしろベトナムの外食は東南アジアではインドネシアに次ぐ2位の規模とか。経済成長で市民の可処分所得は増えているし、外国人には嬉しい話。どのような料理が提供されるのかだが、これからの店舗展開はかなり急速に進むのではないかと考えられる。筆者にとれば本格的に様々な日本料理が味わえる業態の店舗展開が期待され、ベトナム人が見様見真似で覚えた素人似非料理に、ナンチャッテ日本料理が世界各国で無くなるのがいいと思うのです。
こうなると反対に日本での新業態も考えられ、ベトナム料理店も増えて来たので会社にとって二重の展開にもなる賢い選択であると思えます。
この一号店は誰もがお馴染みの1区ドンユー通りに4月18日にオープンするとか。店舗面積は約180㎡で客席が59あるという中堅の規模だが、一番喜んでいるのはベトナム人より、先ず期待するのは恐らく駐在する日本人やその家族かも知れません。
さて今や日本の国民食と言われ、老若男女が誰も好きな料理と言えば、カレーライスでしょう。実は日本に入ってきたのは約150年前の明治時代初期だと言われています。しかしこの当時のカレーは現在とは全く異なった食材で作られたもので、何と長ネギと肉として使われたのがカエルというのだから驚き。
当時は獣肉の忌避されているのだが、これは仏教の殺生がイケナイという論理からで、牛肉が食べられるようになったのは明治天皇が口にしたからとか。
この後は文明開化の音がするなんて盛んに食され、これが現在とは少々異なるけれどすき焼きになって行くと思われるのです。
さらにじゃが芋に人参、玉ねぎが使われたのは札幌農学校、即ちクラーク博士のお陰とも云われるのだが、当時の国民は欧米列挙に比べると背が低く、体力が劣るので、この様な食材に米が入っているのは日本人の体を変えるには最も適していたとされる訳です。
海軍カレーというのは人気で、これも同じ理屈であった考えていい訳です。
英国は当時植民地であったインドの香辛料を使ってカレー粉を作っていたが、これは門外不出。日本人は薬問屋を回ってこうした材料を使って作り上げたとあるのだが、大阪の道修町は日本有数の薬剤が揃っているためH食品は明治の時代にアレンジして販売したとか。
だが日本のカレーは一つの食文化として独自に発展進化、今では本家と言えるイギリス、本場と言えるインドでも大人気だし、ベトナムにも進出しているが、ベトナム人も殊にカツカレーが人気。日本食レストランでこれを注文する人は多いのです。
さらに今ではポピュラーになったレトルト食品。この発明も日本で開発されて初めて使われたのがボンカレーで昭和の30年代。笑福亭仁鶴のあのCMは、流行った時代劇とはミスマッチではあるが、一世を風靡して売れまくった。
実はこの前にインスタント食品として世に出たのが明治キンケイ食品のカレーだがほぼ乾燥野菜に水を加えるのだが手間がかかる。このためキャンプで使ったけれど思うほど美味しくないため、何時しか姿を消してしまった。
このレトルトが世界的に普及してからは、どんな食品にも利用されるようになったわけで大きな功績があるのです。
カレーが日本の食文化の西洋化を担ったと言っても過言ではないけれど、またハンバーグなども進化してもはや日本料理。これは港町、神戸や横浜で発展してきた西洋料理が料理人に工夫に拠って日本人の口に合うよう、日本の食材を使ったこともあるが、今でも広く支持され全てに通じる事とは工夫と進化です。
またレトルトパウチの発明などに寄与し、カレー自体も大きく変化をして日本人だけでなく、世界中の人も美味しいと言えるまでにもなったが、ベトナムでも西洋料理が独自の形に発展して行けるのか、新しい食文化を作れるのか?
株式会社VACコンサルティング 顧問
(IBPC大阪 ベトナムアドバイザー)
木村秀生