ベトナムは「教育、雇用、訓練」問題の深刻化に直面している

2026年5月13日(水)

兼ねてより現地での実体験から、筆者はベトナムの知識偏重の詰込み式教育に問題がある。授業では実験や実技が無く、課外活動の部活動もないので自分で考え、探求しようとせず、知恵や創造力が育たたない子供になる。また日本の児童・生徒の様に団体行動ができないので、親なら最も嫌がる、他人に迷惑を掛けないとか、組織において上下関係が分らないなどの問題があることを指摘してきました。体で覚える経験をしない、だから成長しても、高学歴であっても、留学経験が無ければ企業内でR&D職なんてできる訳などないのです。
これは国内でも指摘されてきたけれど、かと言って、個人技に勝るかと言えばそうではなく、親の背中を見て育つとの格言の通り自助努力が出来ないままに、自分なりの勝手な解釈に陥ると共に、上から下まで他人に依存しても当然、と思ってしまう所にこの国、企業や人に依存体質をみました。
最近現地報に出ていた記事には、記のタイトルにある通り、さらに雇用に訓練も含め、そのいずれかが欠けているとの話題が掲載されていました。
現地企業では入社してきた社員に必要とされる基本的な教育や訓練も殆ど実施されていないという状況にも時折コラムで触れてきました。この原因は何かと考えると、折角技術を教えても、ほんの少し分っただけで会社への恩義もなく、給料がわずかに高い所へ転職してしまう、という社会特有の歪な問題がある。
ベトナムでは学校を卒業しても、日本の様な定期採用という概念が殆どなく、採用の基準も仕事が出来るかどうかだけ。企業が若い無垢の新入社員を自社の理念や風土に沿って教育育成しようとする思考がありません。地場の同業種の企業が競い合って研究開発するとかも聞くことはない。だから何時まで経っても規模が大きくなったとしても社員としての矜持や中身がないのです。世界的な特許を持つ企業を聞いたことなどもありません。形は整っていても大企業と言われても事業を構成しているのは海外から輸入した部品や原材料であるとか、事業そのものがアッセンブリーなので、地場企業の多くは労働集約産業でしかないということです。従がって何時まで経ってもベトナムへの進出は、人手が足りない、経費が安くつくなど旧態依然、時流や産業構造の変化を全く知らず、考えもせず、現地事情を思い違いしている企業も中にあります。
此処では教育、雇用、訓練とあるけれど、それ以上に基本的に問題となっているのがこうした地場企業の根本的、基礎的な経営能力だと考える。

記事に掲載された内容だが、ある知人の子息はHCM市の大学でしっかりとした経営学を勉強して卒業した。その後多くの会社へ応募したけれど価値がある仕事に出合わなかったとある。そこで過去3年間、自らを閉ざして引きこもり、昼はオンラインゲーム、夜はゲームに勤しみ多くの友人とは完全に縁を切ったとしている。仔細は分らないけれど、乳離れの出来ない我儘な甘えた子にも思えなくありません。学卒と言えど国際的にはレベルは低いのが分かっていない。
心配した両親は別の専攻を勧めたが、AIがあるのに勉強する意味は何?と受け流すだけ。そこで両親はNEETと呼ばれるグループに属していることに気が付いたという。ILOによると、2024年には世界中で2億9千万人もの若者がこの範疇に該当するというが、日本でも事情は全く同じで余りにも進化し過ぎて付いて行けないとか、世の中、豊かになる程に増える感じがする。
最近ベトナムでもこのNEETが増々憂慮されるものとなり、2025年末には140万人がこのカテゴリーにあることが分ったという。これは単なる怠惰の問題ではないと記事に書くのだが、この引きこもり世代はより深刻になり、深い矛盾を抱えている反映としている。その原因だが、労働市場は急速に変化しているけれど、教育システムは旧態のままゆっくりとしか社会に適応が出来ない。多くの研修プログラムが変化し企業が実践的なデジタルスキルやAIと共に働けることを求めるに対し、学校での教育は学術的で実践的戦力など期待できないとするのです。要するに企業は大学にビジネスの即戦力になってもらうための教育を求めている訳だが、これが果たして正論なのでしょうか。
要するに企業は、大学を研究の場とか学問の府ではなく、単に就職準備校か、人材供給機関だとしか見ていない所に大きな社会的矛盾があるのです。
従がって彼の様な心理的要因はしばしば見落とされ、長期間の失業が繰り返され、やがて拒否反応が表れ、自信を無くすことで不安やうつ病の原因になる。
世界中の問題だが「なぜもっと頑張らないのか」と言った批判や質問を受け、こうして徐々に彼らは社会から引いてゆくことになる。だがこれは彼らだけの問題でなく、多くの若者が働かないということは、国の生産力を低下させ社会福祉コストを増大させる原因となり、広範囲な社会的、心理的不安低リスクを高める。社会にはこうした若者向けにセフティーネットやメンタルヘルスケアが必要で、社会復帰のための支援を行い、労働市場に戻る道を見つける工夫が重要となります。しかしアジアでは社会的地位を重視し、比較されるなど重圧が絶え間なく続き子供の失敗感をさらに追い込む傾向があるとしています。
ベトナムでも現在140万人の若者の将来、今後10年間で深刻な経済的にも社会的にも負担となる可能性が高いとする。直ぐに答えを求めるのではなく、家族の支えと、短期コースを修了するとか、パートタイムの仕事を試す、また小さな目標を設定、協調して解決策を講じ無ければ、閉ざされた扉を開けることなく隠れてしまう。記事は家族、学校、企業、そしてより広いコミュニティの共有責任として彼らに復活の機会を与え、寛容、忍耐と理解を通じてゆくことが必要ではないかと訴えているのです。

・ベトナムには100万人もの自閉症者を育てるシステムが無い

別の記事にも同じような自閉症スペクトラムとされるASDの若い人達だが、100万人存在している推計があるとしており年々増加しているという。
だが社会での認知は限られ、多くの親や医療の専門家でさえ薬が必要な病気とみなしている。中には子供を隠す家族もいて、その結果多数の人々が早期介入の機会を失っているという。しかし自閉症は病気でなく、神経の多様性発達の違いであり、古くはアインシュタイン、ベートーベン、またイーロン・マスクの様な人物がこのどれかに属するとされている。またギフテッド・キッズにも世界を異なった角度や観方で捉えているが、教育を適正な環境におくことで、卓越性へと変わる事があると考える。この面でベトナムは先進国と大きな格差があり、アメリカはこの支援教育で60年先を行っている。またこうした人達への医療従事専門家は7,5000人いるとされるが、ベトナムにはわずか4人しかおらずシステムにも一貫性が無いと言われ、さらにガイドラインも持っておらず、学校にも正式に訓練を受けた教師もいない。またこの国には自閉症の子供を支援、偏見をなくすための手段があるけれどそれは芸術だと論じている。神経通信として機能し、彼らを医学的な観点からみるのではなく、豊かな内面世界を持つ個人として、本当のアートプログラムを提供するべきであり成績や成果を競ってはいけない。また無理強いをしてもならず、子供の眼を通して見る事を促進するのが良いとしているのです。

・子供の勉強時間を減らし 生活スキルに専念する時間確保が最適

学業成績が優秀な子供は後になって苦労している。子供の感情や日常の課題に対するスキルが不足していることに気付き、学業以外に別のアプローチを試みたと記事にある。一緒に市場に行き、簡単な食事を作ることを覚え、スポーツやグループ活動に参加、アイデアを表現する方法を練習、他人の話を聞くなどを行なった。少し経つと明らかな変化があり、より積極的で、時間管理が上手くなり感情に敏感になった。勉強へのプレッシャーにも苛立ちや回避することなく解決策を探したし、コミュニケーション能力不足、変化への対抗が出来なかったけれど教科書通りではなく自らの意思で話せることができたという。
これらの問題は学力不足ではなく、生活スキルの欠如、日々の行動管理とか、社会との繋がり限界、また心身の健康管理をケアできなかった事が原因だった。
家庭と疎遠、支援ネットワークからは離れていると自信を無くしたり、長期的ストレスを経験したり、不安やうつ病を発症する。いまこうした若者が社会で増えている。だが感情をコントロールして他人と協力が出来、責任を持ち自立、行動できる子供は、学習と人格の成長に時間をかけて持続できるための能力を持っている。これが子育ての長期的目標になることが分ったとしています。

株式会社VACコンサルティング 顧問
(IBPC大阪 ベトナムアドバイザー)
木村秀生