ダナンという街

2020年3月12日(木)

新年(新暦)早々、6日ダナン市に領事事務所開設を機に、日越友好議員連盟会長でもある自民党二階幹事長が日本ベトナム文化経済交流団長として、千名もの日本企業・自治体関係者と、ダナン市とクアンナム省・ホイアン市を訪問。
クアンナム省はフック首相の出身地。気を利かせたわけではないでしょうが、首相と日越相互の人的交流や経済促進を目的にホイアンで会談を行い、ODAやインフラ整備、民間投資など11もの覚書を締結しています。
12日は現地関係者100名と交流会、13日に日越観光シンポジウムを開催。また投資促進セミナー、ベトナム人材活用セミナーや、知事交流会、訪日旅行商談会と盛り沢山の催し。募集要項では昨年11月には既に終了となっており、如何にバックと看板が大きいのか盛況ぶりが窺えます。費用は関空から213000円。実質現地2泊で一部観光も含まれるがどう見てもかなりいいお値段。だがビジネスに結び付くのなら安いもの。要は日本へ観光に来て頂戴とのお誘いですが、昨年度のベトナム人訪日数は約50万人。前年比27、3%増と年々大幅に更新、伸び率も国地域別で1位となっている程のお得意様。一部富裕層然り、知人も出張で年数回も来日するほどで親日度は高くチャンスありと言えます。旅行会社のツアーならば難なくビザをとれるが個人は難しい。ビジネス、個人旅行やリピーターが増えるのは必至。制度を改めるのが一番効果的だが。
またベトナム人の就労を拡大することで一致。働きやすい環境を整備するため日越政府が協力することを確認したとあります。人材不足に悩む地方自治体は知事が自ら訪越、業者任せにせず現地の省と直接人材派遣で相互に協力するという新しい動きが昨年から増えています。
ダナンは中部の要衝。日本から直行便が飛ぶ。近年かつてフランスの保養地でバックマー(白馬)や高級リゾートなど観光開発が進み、日本とも関係が深く歴史のある街ホイアンにミーソン遺跡、古都フエなどに近くて便利で見所満載。
グーグルではダナンが今年の旅行先のトレンドで1位に。市内には820ものホテルが建ち38000室もある。毎年100ヵ所ほど増えて急成長しているため、昨夏は稼働率が50%に落ちている現状。何としてでも外国人客を増やしたいのです。
初めて訪れた97年当時、ノンヌックビーチのフラマが唯一の高級リゾート。多くのホテルは10~20ドル。見る所と言えばチャム美術館位で、五行山やホイアンへ行く中継点でした。この五行山、大理石の信仰の山。17世紀日本人が寄進して仏を祀ったことを記した石碑があります。日本人がこの辺りまで来ており、交易船の目印になったとの記録が徳川時代の航海誌に残されている。洞窟には手向けられた線香が絶えず、天上の岩窓からから降り注ぐ白い陽は、神霊が降臨するがごとくに見えます。
この地域はかつて徳川初期、チャンパ王国・チャム族が支配する地域で代表的遺跡はヒンズー教の聖地ミーソン(美山)。このチャム族の王国は豊穣で、経済基盤は稲作が中心。渡来してきた海洋民族だが山地にも長けていて交易も得意。沈香、胡椒、象牙、絹・綿、陶磁器、高級香木などの産物が日本、印度、中国、中東、オランダ等との貿易品でした。特に香木はチャム族しか知り得ない深山、秘密の原生林でしか採れない貴重なもの、京都の御香屋で珍重されます。
正倉院の御物として保存されている宝物に、値が付けられない最高級の伽羅がありこの地の産。織田信長などの権力者が神々しい香りに魅せられ一部を切り取った跡が残っています。
チャム美術館では像や彫刻が多数見られ、これはプノンペン国立博物館で見るクメールのものとほぼ同時期、同じヒンズー様式です。
元の時代、チンギスハンはチャンパ征服を目論見、1278年軍を派遣しましたが、チャンパ王は戦争を回避するため臣下として仕えると回答。毎年貢物を送ったとマルコポーロは東方見聞録に記しました。一番の贈り物は象であったとも書いています。
ダナンの港は水深がある良港。戦争当時に米軍が本部を置いたのもこのため。
実話小説(主人公の故郷近くがダナン)を元に映画化した「天と地」にも出てきます(参コラム78)。
ダナンの工業団地には日系企業も多く進出、港は海運で有効に利用できます。ダナン大学には日本語学科もあり、知人の大学教授はボランティアで講義していましたが、住みよい街と話していました。
ダナンの北にベトナム三大峠のひとつハイヴァン(海雲)峠があります。此処を境に気候が変ると言われるほど急峻ですが、今は峠を越えず高速道路で隧道を抜けフエに行きます。1999年此の地方に台風が二度来襲、大きな被害を受けましたが、救援物資の輸送が滞った為、日本のODAで工事を急いだ経緯があります。これに拠り風光明媚で有名なランコー村の海浜に大橋脚道路建設のため、海岸縁りの友人の土地は接収され、白砂清松の景観も犠牲になる始末。
現在トンネルの完成で難所の峠道をバスは通りませんが、頂上には戦争当時のトーチカ跡があり、かつてバスは此処で停まって休憩をする名所。多くの子供が外国人旅行者相手に土産を売っていました。なかに英語を話す子供も居り、この子は押し売りをせず話をした記憶が蘇ります。
眼下の眺めは最高で、山裾をぬって走る鉄道が模型の様。映画のシーンにも使われた絶好の撮影場所でした。

株式会社VACコンサルティング 顧問
(IBPC大阪 ベトナムアドバイザー)
木村秀生

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