ベトナムは1996年の第7回共産党大会に於いて、2020年迄に先進工業国への仲間入りを果たすという国家目標を宣言しました。
当時の経済は弱小で、出来たばかりの大阪総領事館の領事でさえ最貧国という表現をした位。豊かになるため遅れている工業化の方針を立てた事は当然です。産業の基本である製鉄所は無く輸出は一次産品に頼るのみ。明るい未来は工業化からと期待に夢を膨らませるが道矩は遥かに遠くまで続く。
その後も各工業分野での戦略を首相が計画的に推進してゆく事を承認し、日本政府も協力を行う旨を明らかにしています。
潮目が変わってきたのは韓国企業がベトナムでの携帯電話の生産を始めた頃からで、その後は着実に拡大。2012年には貿易黒字を初めて達成するに至り、急速に経済が好調になって来た経緯があります。
問題はこうした海外企業が要求する精密部品が製造できない事。従って単なる若い人の労働力に拠る組み立てに終わってしまう。一向に世界標準をクリアできる裾野産業が成立せず未だに輸入しなければならないのです。
しかしその後も外国投資に依存する体質は変わらない処か、外資は増える一方。輸出に対する外国企業の比率は70%を越え増加傾向に変わりはない。
政府はもっと外資を導入したいのが意向。この間に経済状況は急速に変化し、現在では第三次産業の比率が急速に伸びており、また今回のコロナ下で急速にデジタル化の推進を目標にした方針が出されています。
早くに日本政府は2020年の工業国化は無理との見方をしているほどあり、また計画投資省では2013年に、2020年までに近代工業国を実現するには世界情勢の変化などで課題に直面している。2030年へのビジョンとして、日越協力の許で新たなアプローチが必要だとして27Pのレポート纏めており、明確な表現ではないがほぼ達成不可能と見たのです。読むのもシンドイ。
今回、新たに「2030年に向けた工業化戦略と2045年へのビジョン」を掲げました。2030年までに工業化と近代化を成し遂げ、東南アジアトップ3位を目指すという内容で、これは奇しくもコロナ禍の中で起きている中国に集中している世界的サプライチェーンの分散化、アメリカの主導で提唱されている機運を意識してなのか、具体的には「世界的競争力をもつ製品の製造」と「部品供給バリューチェーンへの深い関与」など、難しい表現ながら渡りに船、タイミングよく新たな目標としているという報道があったのです。
・この内容
新工業化戦略では2030年までに、GDPに占める工業割合が40%を目標。特にハイテク製品を金額ベースで製造加工業の45%にまで増やす。さらに集中的な産業開発に焦点として生産性、品質、競争力、工業製品の付加価値の向上に飛躍的な進歩を求めています。
労働生産性でも年率7.5%成長をかかげ、工業競争力指数(CIP)はASEAN諸国でトップ3入りを果たすとしています。また工業生産、サービス分野での労働力はベトナムの総労働力の70%を超え、世界的にも大規模な工業集積地や製造業の実現を目指すというもの。
・もしドイモイ政策が無かったなら! 経済成長の起爆になった経緯
戦後に社会主義を取り入れたベトナム。中国紛争にカンボジア侵攻で国際社会から長きに亘って閉鎖されてきた歴史があり、このため海外からの支援や企業の投資は期待できず、国民が耐え切れないほどの高インフレに喘ぎ、貧しさを分かち合う、なんて言い逃れをしていた時期を経て、ようやく豊かになりたいとドイモイ政策(刷新)に舵を切ったのです。
この言葉を始めて提唱したのは、グエン・スアン・オアイン博士。日本へ留学、第三高等学校から京都大学経済学部へ進学、京大で博士号を取得。卒業後にはハーバード大学大学院に行き、其処でも経済学博士号を取得。教鞭をとった後IMFにも在籍しています。帰国して後は経済担当の副首相(南ベトナム)に若くして抜擢されました。これは日本人が殆ど知らない事実だが、日米で学び近代経済学を身に着けた優秀な人物です。
新政権になってから農業政策、社会主義国特有の計画経済は悉く失敗。理由は北から南に送られた経済音痴の政治家と役人。理想とした社会主義国建設を焦りました。実は1990年代に進出した日本企業を悩ませた原因にも通じます。戦争で功績を上げただけの経営を知らない、能力のない人物が、合弁先の国営企業の社長になったのと符合します。
徹底的な社会主義を進めようとする保守派。このままでは駄目と対立する南部を中心とするオアイン博士など改革派と一部の北の指導者が動きました。
自由主義経済の実験を行い配給制(バオ・カップ)など廃止、ようやく新経済体制が稼働しましたが、南部出身の書記長、首相の努力がなければ今の成長は無かったと考えられます。
・推進するための問題点
しかし目標達成に問題が無くはない。これまでも工業化を推進する国家目標を掲げながら、国際的ビジネス感覚さえなく、資源や若い人的資源はあるにしろ有効に活用できず、外国企業に奉じたようなもの。
自主的な国家戦略として、工業地域の配置や産業の再構築。工業や企業の飛躍につながる産業の再編成。部品供給企業の開発支援。天然資源や鉱物の開発。環境保護策や気候変動への適応技術。人材育成策。事業環境整備。特定の工業分野の発展促進。財源確保と配分。様々に課題が山積しています。
これまでは財政や技術、ノウハウに欠如、なすがままの様態。本気で取り組む必要があります。でなければ2度あることは3度ある。またも未達となりかねません。
株式会社VACコンサルティング 顧問
(IBPC大阪 ベトナムアドバイザー)
木村秀生