ベトナムは2036年に人口黄金期を終える可能性

2024年2月13日(火)

人口ピラミッド。裾野が広く上に行く程に細く富士山の様なコニーデ型となる。これが国の成長パターンの指標のひとつであって理想形。昭和30年代、また高度成長期の日本はまさにこの状況だったと記憶しています。この昭和の時代、日本は戦後の影響がそこかしこに色濃く強く残っていました。
給食に使われていたのがコッペパンに脱脂粉乳。今の様なベーカリーで作るのではなく我が町の製パン所が払暁から製造して学校に届けていました。ここは同級生の実家で、彼女も学校から帰ると店を手伝っていた。食パン一斤30円、だが菓子パンの種類は少なかった。ところが今コッペパンに人気がある。
またダイエットに良いとか、スキムミルクなんてお洒落な代物では無く、臭くてとても飲めない。だからアルミの椀に目いっぱい注がれた白い液体は、最後には残飯バケツに放りこまれて業者が回収。時折出て来る茶色いのはコーヒーと呼ぶが勿論本当のコーヒーでなく、大豆を焦がしただけのニセモノだった。これらはなんと豚の餌になったというが、良く言えば食の循環型社会で、この時分はまだ食糧自給率は高く、今ほど便利でないが豊かな時代だったと考える。
ある説に拠ると、日本を占領したアメリカ軍が日本の小学生の体格のひ弱さをみて可哀そうに思い、慈善団体がスキムミルクを提供したともあるが、親切心でなく余り物を送ってきただけの単なるおせっかい。お陰さまで筆者は牛乳嫌いになって未だに飲めません。

・病める日本 だから昭和ロマンに惹かれる現在の若者

だがこの所の少子高齢化。栄養事情は格段に良くなり、世界に稀に見る国民皆保険制度と先進先端医療、技術に優れた日本の医療機械に恵まれた結果なのか、男女共に世界でも稀な長命国となったが、家族ケアラ―は増える一方の原因。
かつて昭和の頃など一般家庭は3~4人の子供が当たり前。物質的に恵まれたと言えないが精神的には今の子供よりは強かった。喧嘩が起きても誰かが仲裁入ったけれど決して陰湿では無く限度も弁えた。また筆者の大阪の小学校など外国籍児童も在籍していたが殊更差別もなく、いま人気の長屋住いが多かった。
物がなければ自分で工夫できる、現在は何事も便利な世の中になったけれど、知識が増えてもこういった知恵が無く、応用も効かなくなっている現代の若者。
キットを組み立てればいいだけ。しかし壊れると修理できない位の精密部品とIC基盤。デジタル社会は便利だが、アナログは考える力と創造性が付きます。新幹線より蒸気機関車の方に何とも言えないロマンを感じ、心は豊かになる筈。
小学校でもパソコン授業。匿名でのSNSが跋扈して、誹謗中傷に明け暮れ、情報過多に怯えと疲れ、何時でも、何処でも、誰しもが周りに目もくれず携帯をいじっている。昔は文庫本だったのに、まるで機械的情報に支配、翻弄され病んでいる現代社会。この状況からSNS離れが起きつつあり、LINEでは見ず知らずの他人の私事などどうでもいいのに、何らかの形で繋がっていなければ落ち着かず、不安に思う自信のない奴が多いなんて愚の骨頂。
心が病むと、顔が見えない人物からつまらないSNSを止めればいいとネットでアドバイスを真に受ける。TVは品の無い芸人が持て囃されて人気があると勘違い。憧れの職業はインフルエンサーとか。この様な生産性のないものばかりなら日本の未来など見える筈がありません。
叱られることが無いホワイト企業に人気が無いとか。ならばこき使うブラック企業が良いのかと言えばそれは違うぞ、甘やかされた世代の勝手贅沢な愚考。
この4年間での在宅勤務。これがコミュニケーション力の一層遠くなった原因。
学校では若い女性の先生が増え、皆で仲良くなんて、歪んだ日本の組織の原点?
モンスター親が教師を痛めつけ、故に休職者が増大。教師も弱いが世間も異常すぎるほどヤレ体罰、やり過ぎだとかの結果退職。私の高校時分、OBの教師は生徒を殴ったが、問題にならなかったのは生徒に悪の自覚があったから。
昔話の絵本も物語を改悪し、悪者とも仲良くなんてアホらしい。これでは世界で競争に勝てる訳がなく、益々海外に出かけずひ弱になる一方。
筆者など3Kの代表格ゼネコンの現場へ飛び込んだが、思いっきり仕事は楽しめたし、釜ヶ崎から日雇い作業にくる若者と話をして運命の残酷さを見て来たけれど、今では全く以って世間知らずの「ええしの子」が多くなった様です。もはや機械に支配され、自己主張が明確に出来ないなど精神的苦痛でしかないと考えるが、寛容さに欠けギスギスした社会に誰がしたのか。

こうした中、今年の成人者は106万人で昨年から6万人減少とある。昭和のベビーブームでは250万人をはるかに超えており、小学校は11クラスで、各学級は55人が標準。中学で16クラス、公立高校では11クラス、50人。これが現在30人弱で一学級編成。人数の多寡に関係なく、所詮3:4:3のサシミの法則に変わりはなく、競争力、交渉力など付く筈などありません。
もっと恐ろしいのは、このままだと2100年に人口が半減して6300万人、4割が高齢者との報道。経済は縮小のスパイラルに陥り、さらに非正規が増え、結婚率は低下。人口の大都市集中はこれを助長し格差が拡大するだけ。
8000万人で推移させると言うけれど、これは昭和30年代の人口に戻る。教育の質を変え、産業構造をどう変革するかだが又もアメリカに潰されるだけ。
昭和の時代の様に安心して子供を産める状況や、環境ではないのは誰が見ても理解できる。では移民政策を社会問題として論議できるのか疑問でしかない。
果たしてこの社会変化に、政府が本気で取り組んで実現できるのかは期待薄。
ベトナムも1990年代は子沢山。都会でも数人の兄弟。田舎に行けば尚更で4人5人は当たり前、9人の子宝もいた。だが乳幼児死亡率は高く、このため1歳の誕生会は盛大で、よくぞ今まで生き延びた親戚知人など心からの慶福。豊かでなかったが、何かしら余裕があり穏やかだったが、今は成功とは金持ちになること。これしか考えず精神的貧困度は逆に増し格差は拡大したと思う。
筆者が居住した17年間で、仕事やプライベートで関わった家族、知人友人の家庭でもこの傾向は強かったが、農村社会では子供は労働力として大切だった。
親族一党がまとまって、身内の優秀な子供に高等教育を受けさせるために金を出し合うとか、村から都会に出て成功した人物を頼って仕事に行くなどの傾向は集団的自衛、集落の長と掟に従う身内のムラ社会。これが海外からの投資を得て経済が発展。すると農漁に従事した人が現金収入を求め工場に働きに出る。
この30年間はこうした経済と社会の変動が大きく作用し子供が少なくなった。
ベトナム進出の決め手とは、豊富な若くて優秀な労働力が得られる。こういうフレーズが効いたのだが、時はベトナムもまさに綺麗な富士山型ピラミッド。しかしこれが変化して来ており、高齢化社会へと進んでいると云われています。
現地報で専門家に拠ると、ベトナムは2036年に黄金期を迎え、高齢化期になると予想される。この黄金期構造は、国連に拠ると15~64歳の生産年齢人口一人に対して、扶養人口が一人しかいない状態を指すという。これは通常30年から35年、あるいはそれ以上続くともある。ベトナムではこの期間が実は2007年に始まったとされます。となれば計算上、少なくとも後20~25年間、労働市場は量的には大丈夫と考えてもいいはずだが、あっと言う間。
HCM市人口家族計画局チョン局長は、HCM市の有力新聞トイチェ紙の取材に対し、ベトナムはこれまで若い労働力を供給してきたけれども、世界で最も高齢化が進んでいる国の一つとの認識を示したというが、気付く人は多くない。
こういう状況の中で、黄金人口期を効果的に活用し高齢化社会に適応するためには人口の質を抜本的に改善し、医療と教育に投資しマンパワーのレベル向上をしなければならないとしている。さらに加えて訓練された労働者は少ない。その結果労働生産性は低くなり、第4次産業革命と国際統合に貢献できない、とも述べているけれど、期待など絶対的にできる訳がありません。
国際技術専門学校のクオン学長に拠ると、人口黄金期にベトナムは社会経済の発展を促進するため機会を利用、労働者の育成に力を入れるべき必要があると緊急提言をしている。だがこれまでにも述べた通り教育と人材育成は最も必要だが制度は遅れているうえ企業は積極的に考えていない。労働集約産業から抜け出せず、優秀な人は海外に居て戻ってこない。予算がないから海外のODA頼みで、若者の海外労働派遣に夢中。これでは幾ら良い提言をした所で環境が整備されていないため、能力ある人が活躍する場など限られているのです。

株式会社VACコンサルティング 顧問
(IBPC大阪 ベトナムアドバイザー)
木村秀生