VIN インドでEV車製造に乗り出す

2026年10月15日(木)

インドと言えば、モディ首相の招きに拠り今年5月にベトナムのラム書記長が国賓で訪問。これは徐々にインド企業がベトナムへの進出を拡大している状況を意味し、ベトナムにとれば世界一の16億人と云われる人口を抱えるインドは魅力あるマーケットで、未だ発展途上にあるという咽喉から手が出るくらい市場を開拓して確保するべき国なのです。
5月の連休に日本から高市首相がベトナムを初訪問したが、これは今年2月に新首相に選ばれた「フン氏の招待」によるもの。
時を前後したが、韓国の大統領もベトナムを「国賓」として訪問。この際にはベトナムが原子力発電所を再度建設する事案等に署名しており親密さが伺われました。ベトナムにとって韓国は、サムスンの進出によって世界一の携帯電話の製造・輸出国となり、それまで貿易赤字が続いていたけれど黒字に転換する大きなきっかけを与えてくれた国なので歓迎するのは当然のことです。
しかし日本は世界最大のODA拠出国であり、サン国家主席、ズン首相の時代には毎年訪日しており、様々な支援をしっかりと得ていた間柄でありました。
この時点では新幹線計画が俎上に上がったけれど時期尚早と国会は否決した。
これは現地に居たなら当然と思えるくらいにまともな結果。原子力発電所計画も日本が参加となったけれども凍結。そこへ今になって電力事情もあって急に復活したけれど、余りの拙速さは危険で充分な時間が無いと辞退したのです。
この時に報じられたのが専門職と技術者の不足。新幹線にしても全く同じで、ベトナム企業は如何なる高速鉄道技術に専門知識、運行ノウハウなどを持っていません。結局は外国企業とJVでなければ出来ない状況なのは分かっていた。そこにVinグループが経営資源の纏めると計画参加を突然辞退した。
その後、ラム書記長が訪中したところ、習近平国家主席から引導を渡される形で新幹線計画は中国企業が建設するとして決着を図ろうとするものの、もしかするとこの密約が事前にVinに伝わっていたと思うほどに奇妙に合致する。
以前に書いたが、自称奈良の女が訪越した際に、日本のメディアにベトナムとレアアースに関して協議した旨が報じられていた。如何にも好意的だと書かれていたがとんでもない。真の現地事情を分かっておらず、取材不足もいい所。現地メディアにこの様な記載は一切なく、それどころか高市訪越の記事も見掛けないし、近年レアアースは世界でも有数の埋蔵量があることが分かって来た。
そこで政府は国の戦略物資として管理する様な動きをしているのに、おいそれと提供するほど能天気ではない。残念ながらこの事態が分かっていない。
民間企業の投資進出を今でも積極的に誘致するけれど、上位中所得国になったという自信からかも知れないが、しかもそれが自国、あるいは地場企業による発展ではなく、外国政府の借款、外資系企業の進出投資によるものにも拘らず、数字だけ見れば立派に成長したと勘違い。もう日本のODAも不要と言いたげな気配を感じるが政府や大使の暗黙の示唆。都合のいい時だけのお辞儀です。

こういう状況になったとは露知らず、ノコノコ外遊するのも馬鹿々々しい話だが、ベトナム事情に精通しているなら雰囲気が怪しいのは分かっているのに、誰も諫めなかったのか。何を忠告しても自説を崩さず、進言など聞く耳を持たない唯我独尊の人ゆえに無駄と思ったか。意気揚々と訪越したけれど、アホでなければ何かが変だと気が付く筈なのに、平然と会談に臨むなんて恥をかいた。
これが如実に表れていたのがラム書記長との会談。安倍氏との話を持ち出され良き友人だったと聞かされると意気消沈もいい所。事実はそうでないけれど、この辺り流石に権力闘争に慣れた百戦錬磨の老獪、リップサービスだと直に分かるけれど如何せん役者が格段に違う。勝てっこない。
ラム書記長は次に控えしインド訪問に心がウキウキ。高市訪越に関心など全く無く期待感が溢れていた訳です。
ではベトナムが日本でのベトナム進出誘致をやめたかと言えばそうではない。
9月には大阪総領事館でダクラク省のセミナーを開催。これに大阪市は歓迎の意を述べるという次第で、民間企業の投資進出は歓迎。だがこの省、中部地方の山間部。これまでの様に中核都市とその周辺ではなく、メンタルが弱くて、日本食しか食えない者にとっては地獄に等しい。一体どんな企業に来て欲しいのかだが若者の多くは田舎が嫌で都会に出て行く。どの様に人を集めて来るのか、インフラは、メリットはあるのか?メコンに初進出した時と同じ状況。

これまで何度か書いてきたが、徐々に地場企業の海外進出が進んでいるけれど、中でもインドにはベトナム初と自認しているVinの車製造工場を造っている。インドの車事情だがこれまでススキが築き上げたトップの座は努力の賜物で、簡単にひっくり返せないほど人気がある。
しかし何としてでも新興国としてインドに進出したいという野望を持っているVINは、現地生産に先立って9600台のEV車を販売したと現地紙が報じており引き続いて専用モデルを発売する計画がある。政府にとっても、Vinグループにしてもなんとかして市場を攻略したい国である事には違いない。
しかしグローバルビジネス経験の少ないベトナム企業、異なる文化圏で共存していけるのか。また利益より販売台数、財務経理の数字の分らない人が多くて、これら負のスパイラルに陥らないか。ベトナムでは政府の手厚い保護があり、補助金策が功を奏し、値引きで台数を稼いできた。地道に現地を調査、現地の人と仲良くし十分に機が熟すまで懸命に努力するなんてベトナム人には不可能。
さらにインドが先に見据えるのは半導体。何時までも自動車に甘んじる積りはなくベトナム企業の技術レベルでは対応できない。
記事は意気揚々とVinグループのインド進出を書いていたけれど、どうやらこの計画が一旦停止されたとする内容の現地報があった。だが直ぐ消去されており何かの圧力があったのではと思えなくない。また都合の悪い記事など書ける訳がない。

・Vinのインド進出

インドの現地紙は、インドのタミル・ナードゥ州のトゥートゥクディ工場で、Vinが車生産をすると報じ、同社の長期的な事業と生産に於いて重要な市場だと幹部の話を掲載しています。
工場は408エーカーもあり、1,200億ルピーを投資。従業員を3千人~3千5百人を採用して教育の後、年産5万台を製造する計画で、現地ディーラーを通じて販売するとしているが、特にインド向け仕様のEVを造る予定だとか。また部品の現地化率を上げるため現地のサプライチェーンの構築を目指すとしているが、さて何処まで使える部品供給工場があるかが問題。
これまでVinは特段こだわりがなく、というよりも系列化された信頼できる企業グループを持っていません。だからその場凌ぎで様々な国や企業の部品を使用してきた経緯がある。恐らくは安い価格、ということは車に搭載する部品など厳格な社内規格があるかと言えば疑わしい。この辺り歴史の浅い新興企業の弱点だと考えられる。

・納税額でベトナムトップ VINグループ

経済・金融・不動産などのベトナム現地専門誌に拠る処で、昨年度のベトナム企業100社の納税額が発表され、VINグループが約149兆VND(約9,000億円)で首位となった。これはその前年比である約56兆VND(約6,00億円)から急増し、100兆VNDを超えるのは初めて。
だが同時にVINFASTが1兆4千億VNDの債権を金利12~13,5%で調達というニュースも。償還期間は3年とかだが、納税は不動産がメインというこれまでの図式と全く同じ。しかし一方で利益が出ないのに赤字垂れ流しで自動車の生産を続けているという考えられないことをしている。しかも生産とR&Dと営業部門を切り離して別会社をこの6月に造っているのです。
国家の威信をかけた自動車だから容易にやめられない。赤字補填をグループと創業者の手持ち資金でという方法で存続させているけれど、実は金が無く叩けばボロが出て来そうで何とも分らない。自転車ならぬ、自動車操業か?しかもこれでもか!という風に、企業を次々に創っているのはどういう思惑か。

・副CEOが辞職 キナ臭くはないか?

複数の現地ニュースは、Vinグループの副CEOであるマイ・フォン・ノイ女史が個人的理由で辞任したと報じた。別の記事には9月9日付で「解任」、だとVINが発表したと書いているが、個人的理由としている点は、どう考えても本当に私的理由なのか?は判然とせず疑問でしかありません。
CEOとは最高経営責任者であるけれど、本来は取締役会がその上にあって、その監督のもと経営実務を担うとなっているのだが、この辺は曖昧で良く判らないことが多いし、まして此処は創業者であるファムが親分であって鶴の一声で動いている企業。実質的経営権はこの人が持っているから意見の相違があったとなれば真実は一体どこにあるのか。日本で退職届には、私儀一身上の都合により退職としか書かないのと同じで誰が私的と考えるのか?真実は闇の中。
このノイ氏57歳、国立経済大学で銀行学を専攻して経済学博士号を取得しているという才媛でもある。1969年生まれというからベトナム戦争終結から僅か4年後、最貧状態で国が混とんとしていた時代に生を受けたが、この時代に女性が大学に進学、博士号を取得するなんてとんでもない出来事で通常あり得ない。余程の優秀な人物とか立派な家柄、家系の出であることに相違ない。
2004~2006年はハノイの郵便局で複数の役職を歴任してきたから国家公務員としてもエリート街道を走っていた。Vinグループに20年間勤務、2008年に取締役に選出、2006~2012年までゼネラルディレクターを務め、2012年から現在までVinグループのCEO。20年前と言えば、VinはニャチャンでのVINパール・リゾートに人気が出始めた頃。恐らくファム・ニャット・ヴオンが引き抜いた様だが、まさに急発展しようとする時期にあたり、不動産事業の儲けを慣れない小売業につぎ込んだ時期でもある。
従がって盟友であり、ヴオンを支え、立場維持にもそれなりに影の功績や艱難辛苦があったことは容易に推測できるが、会社が余りにも大きく成り過ぎた。
確かにそれだけの報いはあったとしても、退任するには早すぎるかも知れない所に何か蠢きがあるのではと勘繰られるのは仕方がない。創業家の縁者でないけれど、もしかするとヴォンが触られたくない㊙事情を知り得た唯一の存在、と勝手に想像する。野心家ヴオンゆえに経営理念に路線、方向性の違いから?
私的と言っても、社内で何らかの金銭トラブルなど不祥事があったとか、人間関係が良くなかったなどの実例は多いけれど、あるいは表に出ない何かを握られていたなんてスリラー話もいいところ。そこまでする必要がある訳などなく、どう考えても追い出されたのが真実ではないのか、と邪推もいい所の出来事。
さらに9月、ヴォンがVinファストのCEOを退任、後釜に子息を就任させるとした。この5月には国内製造部門を売却、これを巨額赤字に充当したが、金の流れに健全性と透明度が欠ける。資金難に陥り二進も三進もいかないのか。

株式会社VACコンサルティング 顧問
(IBPC大阪 ベトナムアドバイザー)
木村秀生