かつてベトナムの牛乳は美味しくなかった。というのは国内にまともな牧場が無く、生乳でなく複数の原料を混ぜ合せて作ったまがいもの。これが牛乳だと洗脳、味に慣れさされた結果、舌が馬と鹿になってしまった市民はお気の毒。
しかし全く本物の牛乳が無かったというのではなく、戦争が終わった時分にはダラットで生産されていたという話を聞いた事がある。この当時は冷蔵設備も冷蔵での輸送手段もないので、また粉ミルクは生産も輸入もされていなかったため、リッチな層や外国人はこれにすがったようです。ところが陸路で何日もかかって届くため、ハノイに着いた頃には既に飲める状態ではなかった。
またHCM市の郊外、ロンタン新空港が出来る地域にロンタン牧場というのがあって、此処では唯一乳牛から絞った生乳を生産していました。HCM市内でも幾つかの店で購入できたけれど一般的ではない。これを飲んだ子供は何時ものとは違う、といって飲めないという。こんな不思議な状況にありました。
この牧場、今はブンタウへ向かう国道沿いに大きなレストランがあり、此処では食事も出来るし、土産に売っているミルクキャンデーは殊のほか美味しい。
スーパーではニュージーランド産のロングライフ牛乳は買えたけれど、国内産生乳はなかった。そこに突如踊り出てきたのがTHミルク社で、此処は生乳を使っていた。この時分から他社の大手も方針を変えざるを得なかったのです。
留学や仕事で海外に出る人も多くなった。すると何処の国へ行っても、今まで飲んでいた国内産牛乳とは何だったのか?と疑問を感じることとなる。
経済成長と共に暮らし向きは豊かになり、徐々に国内でも本物志向に目覚め、企業は牧場を作って生乳を生産するようになって行くのだが、これは僅かここ十数年の出来事。現地誌はこれに関して歴史を追っかけたのです。
・暑い国で乳牛を飼育 ユートピア的問題から自治問題へ
という記事が掲載された。此処にはベトナム人は毎年30億リットルの牛乳を消費している。しかし半世紀前には新鮮なベトナム産牛乳などなく、酪農場や原材料をつくる地域など無かった。現在ではベトナムで乳牛を飼えるのか?という疑問を持つ人はいないけれど、こと牛乳に関してはイメージとして涼しい高原や草原、少なくても温暖な地域で牛がノンビリと草を食んでいる所で生産されていると思うのが普通。だが暑い国で飼える訳がないと思う人がいたのは当然であった。気温が高ければ牛はストレスを感じて食欲がなくなる。すると健康に問題が出る、乳量にも影響が出て品質、生殖能力にも問題が及ぶという連鎖反応が起きる。企業は消費者に新鮮で健康な牛乳を供給するだけの責任があり、安定した生産システムを構築することを考えなければならない。
・ベトナム乳製品企業が選択したこと
高温多湿地域では品質の安定した牛乳生産を持続する事は大変難しいという。
このためベトナム企業は海外から粉ミルクや関連した乳製品の原材料を輸入し、これを国内で加工して流通させてきたのが実態です。だから全然美味しくない。
国内で新鮮な生乳を生産する事など多くの人が不可能だと諦めていた。これを解決しなければ国民の栄養基盤に結び付くし、食料の安全保障の問題でもある。
ではこの問題をどの様にして解決し、成長、発展させる、そして生産性を確保して安定供給が出来るのかが命題になるのです。これには企業が酪農システムを構築して新しい生産方法に切り替える事しかないという、単純明快な理屈。
この記事には、そこでビナミルク社のリエン社長は国内で集中的に牧場を開発、酪農家と共に生産を共有することにした。いわば方向転換だが時流を読んでの決定。社長はドイツに留学しており、このビジネス感覚と判断力は自然と身に付いていたのかも知れない。これは数十年に渡って投資を行うことを意味し、これまで以上、遥に高い忍耐力を必要とするけれど、国内の牛乳生産チェーンの能力向上に積極的に取り組むことを表明したと報じています。
・ビナミルク社の生乳への転換ストーリー
実はビナミルク社、50周年に当たってこれまで酪農業の発展と貢献してきた流れを8月にHCM市のSECC(サイゴン・展示コンベンションセンター)で開催される同社の記念事業を目玉にしたという訳です。ベトナム大企業の中でも取り分け優良企業として取引所が開設さ上場をした経緯のある同社だが、20年前には乳牛を飼育して搾乳するなど経験が全く無かった。特にベトナムの暑い気候を牛がどう乗り越えられるのか?これが最も大きな課題であった。
チームは牛にとって過酷な気候条件の下で生産するという国際的な事業モデルは無かったので、品種の選別と牛舎をどの様に整備してゆくか、餌をどう配合し給餌するなどをゼロから考え、企画を始めて行かなければならなかった。
疑問に感じるのは、環境条件は厳しいが農業大学もあるし留学した人もいる。
では何故こうした人材を活用するとか、先進国の専門家を招聘するとか早道やコストを考えなかったか。これに関して、ある農業生産企業が日本の専門家を紹介して欲しいと在日ベトナム人を通じて相談があった。筆者の友人は農大出でHCM市に在住。そこで彼と共に面談し、将来構想なども話し合った。だが専門知識は欲しいが成果報酬とほざくのです。全くふざけた話であり、経費すら出せないなんてベトナム人的思考には唖然とした。要は企業に知識も経験もないが、紹介されたからと言って新規事業を任せるなどあり得ない。即ち経費の出し惜しみ。タダ働きをさせる考えではなかろうが、何とでも言い繕える。経営感覚にしろ、本気度や意図するところが見えてこなかった。
さてビナ社はオーストラリアから300頭の牛を連れて来たけれど、ベトナム人は牛と言えば農作業に使う水牛を考える。この牛を運ぶために飛行機を利用して10時間の移動、隔離して検査。これに要する手続きも特別だったとある。
だが問題は牛ではなく人間。ビジネスとして成功させ発展するために、徐々に飼育に関する基準、牧場の管理、技術基準、製品として牛乳の品質安定を確定していったという涙の努力の成果を謳いたい訳。
現在は13万頭を管理し、直営牧場、委託酪農農家から供給されるまでになったけれど、また牧草はG・GAPを満たす基準までになり、オーガニック作物で育てることまで可能になったと報じているという記事だが、ある意味で提灯的に如何に苦労して生乳を消費者に届けられるようになったか。この成功物語を消費者にイメージを植え付ける企業戦略です。
・ベトナムの豚市場
同じ時に、豚に関する記事が掲載されていました。
筆者が初めて渡越した1997年頃には国内で十分賄えたとの記憶があります。
ニワトリも同じで、何れも農家が庭に飼っていて餌には困らない。丸々と太った豚をバイクに括り付け市場へ売りに行くという風景が日常繰り返えされた。
事業パートナーの実家も同じ、都市近郊の農村では野菜も作ってこれを自転車に乗せて売りに行ったと話していた。経済成長と共に食生活が豊かになって、こうした畜産物の需要が増えたため輸入しなければ追い付かない。タイなどから鶏は冷凍で輸入され始め、現地の人はこれをアメリカの鶏と呼んでいたが、要はブロイラー。日本の様に部位毎に分けられていないので自宅で用途に応じて使っていた。ベンタン市場などでは生きたままカゴに入れ客が品定め。これをその場で捌いて肉にしていました。朝ひきは冷凍品よりもはるかに美味しい。
記事には農業企業であるホアファット社の事業に触れていた。同社は37箇所、388Hrの養豚場を運営、年間75万頭を出荷。またオーストラリアでも3つの肉牛施設だが625Hr、年間3億3600万戸の卵を処理できる2養鶏場、自前の飼料工場を運営しているという。ベトナムでは肉牛はオーストラリア産が良いとされて来たが、特に同社は力を入れ市場をリードしているとある。
この畜産部門の売上額が5840億VND、利益は740億VND。販売量は前年比で81%の増加であったという。豚が収入の39%を占めているが、利益は何と67%を占めている構造とある。国内で生産できないので海外で飼育。
記事には、ベトナムの豚市場は中国のシナリオを繰り返すのか?という質問が投資ファンドからあり、これに同社が回答したとあります。質問は価格動向、過剰供給のリスク、2030年までの事業拡大の工程、また配当であった。
消費者の関心は、今年後半と来年の豚肉の価格。これに関して、市場は低価格にあり年末には回復するが、来年も同等となると予測している。
H社の様な大企業でなく、小規模な飼育農家では家畜数を減らしているという。
これがこの二年間続いており、さらに母豚から子豚を育てることをせず、企業から購入して飼育する。このため環境や規制が厳しくなり、こうした小規模の生産者は畜舎の条件を満たすために投資をしなければならなくなった。これが原因でもはや国内での規模の小さい生産者は利益が出ないため、そのシェアはどんどん低下しているのが実態。こうした大規模なモデルに移行しているのが畜産の現在の状況と報じている。
そうなると危惧されるのが、企業は生産規模を拡大してゆく。すると供給過剰が市場で必ず起こりえるというのです。
国内での母豚の総頭数は210~220万頭と推定されるが、公表されているデータでは300~320万頭だとしている。また総頭数は2018年に2800万頭に達したが、現在では大きな変化が無く2710万頭と農林環境省が報告しており2018年当時とほぼ変わらない。
だがH社は2030年までに母豚を3万~3万2千頭に増やす計画だという。
この理由に関して、多くの地域で行政単位が整理された後、家畜の計画が見直された。養豚事業の運営で効率を重視、また市場エリアが遠隔地でないことと、市場の評価も気になり、これまで拡大してこなかったとあります。
ところが中国の事例をあげて2020年以降、豚肉価格が上昇して多くの企業は儲けを見越して畜産に投資した。しかし期待とは裏腹に中国政府は環境対策とバイオセキュリティーを強化したのです。これで疫病は押さえられ、結果として供給過剰な状態が4年間も続いたという。
もし頭数が増えるのなら、中国の様な供給過剰な状況が数年間繰り返す可能性がある。予見は出来ないが、豚熱など疫病が無いのならたちまち市場での供給は過剰になるとしているのです。過去4年間、国境での管理は厳しく行われ、中国から持ち込まれていないので価格は安定している。実はベトナムの豚生産コストは中国の方が高いけれど、これは政府が生産を保護しているからです。
だが問題がない訳でない。ベトナム産豚肉の価格が安いのに輸出はなかなか出来ないという。この理由は価格に優位性があるというのではなく、疫学的観点、環境条件にあるという。畜産物を輸出する場合には獣医学に関する二国間協定が必要になるのだが、ベトナム国内での口蹄疫と豚熱という2つの病気に関しては未だに対処されていないというのです。という事でベトナムはどの国とも二国間協定が結ばれていないし、ワクチン接種も必要なのだが、されていないので国内産豚肉は価格が安くても輸出できないのだとあります。
株式会社VACコンサルティング 顧問
(IBPC大阪 ベトナムアドバイザー)
木村秀生