ベトナム版道の駅 日本のシステムを導入

2020年2月13日(木)

道の駅が日本で1993年に誕生して以来、今では全国に1160ヶ所もあると言うほど増加。単なる休憩所ではなく誰もが利用するポピュラーな存在に。地方自治体が運営しているが、成功したと聞けばウチもと名乗りを上げてほぼ横並び。多くは有名な観光地には立地していないため、こんな状態では上手く行くはずがありません。経営を軌道に乗せ利益を出す事を想定していたものの、運営ノウハウや企画力がない所が実際にあって人は来ず、3割が赤字だとか。
行政や議員の単純な発想では限界がある。基本的にはお客が喜び満足しないと何ともならないし、リピーターが来る訳がありません。こんな簡単な理屈すら分からないとは?流通の催事企画プロが一人居ればこと足りるはず。
道の駅も進化を続けアミューズメント施設等へ変貌。温泉があり宿泊もできる、名物料理や地域の特産品が並び個性ある体験が出来るなど、明確な個性と目的が無ければ成り立ちません。最近では地域コミュニティーとして福祉を前面に出しているところもあり住民の交流の場になるなど、地域活性化と細分化が進んでいるという。わざわざ商圏外から出かけたくなるくらい付加価値競争時代に入っています。

ベトナムでは鉄道が普及していないため長距離バス移動が多く、昔から外国人が旅行で利用するのはシンカフェなどのツアー会社が催行するバスが主流。
メコン河やクチへは一日観光。ダラットやニャチャン等の遠隔地への旅行なら、尚さらバスに頼ることが多いが300キロも乗ると流石にシンドイ。
食事はどうするかと言えば提携するレストランでの休憩。簡素な昼食付きか、各自が注文する形態でした。旅行者が増えバスが大型化するに従い、広い駐車場がある大きなレストランへ移行。此処ならトイレ休憩の合間に菓子類やパンも買え、近隣農家からはバナナや季節の果物を売りに来るので便利。値段が分からない外国人にも手軽だし概して安く問題はありませんでした。
ベッド付きバスが出来てから深夜移動が楽になった時点で、国道沿いに出来た24時間営業の施設。ベトナムと言え山間部の夜は冷える。暖かい麺類などは嬉しく時の変化を感じました。カンボジアへの道程でも同様、食事が提供され飲み物、果物に小物まで何でも揃っている国境の施設に立ち寄ったものです。

JICAの支援で交通運輸省と道の駅建設計画が持たれたのは2007年末のこと。メコンデルタ・ティエンザン省で休憩・地域情報発信と地域振興を併せ持つ施設機能を設けるという初の会議が開催されました。
JICAと道路局の調査では運転者の8割が休憩する道路沿いの飲食店や施設に不満があるとのこと。それならば日本方式の道の駅システム導入を図ろうという訳で大駐車場、休憩施設、道路や地域情報サービスを行う案内所に、飲食、売店、トイレを整備。北部の三省でパイロット事業として進めたのです。
最初に完成したのが2009年2月。ホアビン省の国道6号線沿いに開発したもの。JICAの道の駅マスタープラン策定計画調査に基づきベトナムで初めてという交通案内の提供、物産販売、イベントスペース、24時間利用できるトイレとシャワーからなる5つのスペースで構成。
次いで3月にはニンビン省の幹線である国道1A号線沿い、JICAが建設費50万ドルのうち約42万ドルを支援して完成。
バクザン省の国道一号線沿いの道の駅は3カ所目。此処は国道1A号線沿いに一回り広い5000㎡の敷地に建設。2009年秋完成。
この他には、笹川平和財団の支援を受けた地元企業が中部クアンナム省の国道1A沿いに2010年完成。ところが道路インフラ整備が急速に進められているベトナム。この国道から海に近い所に新道が完成、車はそちらを使う様になり客数が急減して青息吐息。この当時主要国道である一号線は彼方此方で拡幅や付け替え、舗装や改良工事が頻繁に行われていたのです。
またこの時分から一般市民に車の普及が始まり、高速道路のインター付近では広い駐車スペースを持つ民間施設が出現。此処では手入れされた庭など経営者のコンセプトが明確化され地元産を加工した物品を販売などが人気。此処にはHCM市などからの長距離バスや自家用車が必ず立ち寄る様になりました。
ブンタウに行く途中には昔から生乳を生産する有名なロンタン牧場が経営する施設も参入。ミルクキャンデーが美味。

株式会社VACコンサルティング 顧問
(IBPC大阪 ベトナムアドバイザー)
木村秀生