ベトナムは世界第5位の米生産国であり、アジア各国へ輸出している。この所、品質が随分良くなっており、安定した価格で輸出できるまでになってきた。
ST25という人気種はドンタップの米生産者が品種改良して誕生した米で、長粒種だがもちもち食感も味わえ、アメリカの品評会で一位となった程です。
筆者が1990年代末に渡越した際、日本企業が進出して日本種米を委託栽培しており、スーパーなどで買えたが5キロ入りの袋が5万VNDほど。しかし今はコシヒカリなど複数の品種が作られているが価格も上昇。この当時は町の米屋で量り売りの米を買うと昔の日本の様に小石が混じっていた事もあったが、ある時ベトナムの女性農業大臣が来日した際に精米機を製造する企業を視察。日本の精米機は品質に優れていると言ったとあり、機械の採用が増えたと聞く。
今ベトナム国内で米生産が順調なのは、海外留学した国を代表する米の研究者が大学などで教鞭をとっており、彼らの指導があって品質が高くなり、収穫量も増えたと言える。また彼らの努力、深い縁もあり先進国から技術支援、企業の協力が受けられ、近代化、スマート農業の実践が進められている状況にある。
・ベトナム農業の発展に尽力した人達
先ずはルォン・ディン・クア博士が筆頭に挙げられる。九州大学、京都大学に進み京大農学部では木原門下生として初の外国人博士号を取得している。
日本人の奥様、中村信子さんは九大時代に知り合い結婚。日本を離れてHCM市で米改良の技師として職を得たが、上司の馬鹿さに北へ行くことを決意。
ホー・チ・ミンさんを尊敬していたこともあり居をハノイに移して研究。だが突然、若くして還らぬ人となったが功績に拠り英雄称号を与えられている。
清廉潔白なホー・チ・ミンさんの片腕ヴォー・グエン・ザップ将軍と懇意であったほどの実力者。現在はルォン・ディン・クア賞という若手農業家を称える賞が創設されベトナム農業の近代化に大きな影響を及ぼしている。
2022年日本政府はヴォー・トン・スアン博士に旭日小授賞を授与した。
彼は当時南カントー大学名誉学長で、労働英雄の称号を得ているが、ベトナムを米輸入国から世界有数の米輸出国にした大きな貢献が認められたのです。
九州大学に留学し、イネの研究での権威は成果で認められ「イネの父」と称される位で、日本の研究者も指導を受けている。九州大学から博士号を授与されたが、日本とベトナムとの間で農業研究と協力関係に寄与した。勲章の授与から僅か2年後に2024年8月に逝去。健在の時にNHKがHCM市の自宅で取材したが、この最後の姿を見ていました。
ファム・ティー・マイ・タオさんは2010年に留学先の東京大学でもみ殻の研究論文で博士号を取得した。故郷のアンザン省は米の産地だが、当時もみ殻は川に捨てていた。ガラス繊維が含まれるので汚泥の原因になり、こうなると水は流れない。この様な生活体験から論文を完成させたが、筆者はこれを偶々見つけて在住する日本人に話をした。ベトナム人の奥様は元教師で名士、興味も手伝い何と彼女の居所を見つけ出した。すでに帰郷してアンザン大学で教鞭をとっていたけれど大変喜んだという。現地ではもみを燃やしていて、料理やライスペーパーを造る際にも使う。これをガス化してバイオ燃料にする研究も進めた。米の品種改良ではないけれど、ベトナムが米生産国として頭を抱えていた問題、これを解決した訳で、地味な研究だがこうした縁の下の支えがあってこそ現在の生産力が維持できるのです。
ホ・タン・タムさんは立命館大学のアジア・日本研究所の専門研究員。同大学大学院で経済学博士号を取得した優秀な女性研究者。
彼女のアイデンティティーは食文化とコミュニティを中心とした文化的伝統で造られたという。研究はベトナムと日本の稲作との消費比較論。経済分析だけでなく両国が米を主食とする文化的国の米に関わる深い社会的、文化的意義を探求するものと論じている。
現在の問題は気候変動に拠って米生産に重大な課題に直面しており、伝統的な栽培サイクルが乱れ、収穫量が減少している。両国は自続可能な低炭素型稲作への移行に向け戦略を策定している。そのため節水型感慨システム、気候変動に強い品種、化学物質削減をアプローチとしている。これら革新を導入しつつ伝統的な農業知識を尊重することで長期的な食料安全保障を確保しながら変化する環境条件下でも米を文化的アイデンティティーの根幹として維持しようとしているとの自説があります。
これを前提に様々な観点からアジアにおける米は単なる主食としてではなく、儀式や祝祭といった文化的、伝統的価値を持ち深く社会慣習と絡み合っている。
さらに料理に関しても炭水化物を超えたようで豊かな食文化の基盤になっていることを論じているのです。筆者は両国に暮し、確かに思い当たる節がある。
さらに米食は家族の絆を強める上で重要な役割を果たすとし、これがアジア諸国で普通に行われ、家族で共有する時間はごく日常的な習慣としている。米は食事でも祝い事でも人々を結び付け、帰属意識や共通の伝統を育んできていたと書いている。なるほど!意識していなかったけれど、その通りです。
佐々木高明博士は立命館大学から国立民族学博物館館長に就任。米耕作文化の裏に芋類の耕作文化があったと研究。照葉樹林文化を大阪府大中尾佐助博士と共に提唱した研究者。こうした流れを彼女は運命的に得たと考えています。
・古代米の品種に情熱を注いできた農学者
現地誌BaoDanVIETは、一人の農業研究者にスポットを当てた記事を掲載していました。
記事に拠ると、レ・タィン・フォン氏はメコンデルタの浮稲品種の研究に情熱を注ぎ農家の生活向上に貢献したいと考えている。この浮稲種は綺麗な米粒だがメコンデルタの典型的な沖積土壌で充分な潜在力が発揮されていないという。
彼はアンザン大学気候変動研究所の副所長であるが、先のタオさんは東京大学大学院で米に関する研究で博士号を取得している。こうした系譜がこれからも米作りの地でつつがなく受け継がれ優れた研究者が表れる事を期待するのです。
フォン氏はこれらの農業分野で実践的研究が認められ、ベトナム農民協会中央委員会から2025年度の農民のための科学者に選出されたとある。
水稲種は洪水期に適応する性質で、洪水が進むに連れて稲の茎が伸びるという。アンザン省の農家ではかつて4月に準備を始め、洪水が来るのを待って種を撒き、12~1月に実りを迎えるという。ベトナムではこの様に直播。日本の様に苗代を作って田植えをしない。また気候から二期作が充分可能なのです。
その後に生産性が高く成育期間が短いことから、高収量が期待できる長粒米に順次変わって来たという。
フォンさんは省内の水田を歩き回り稲の生育状況を調査、彼に拠ると浮稲品種はボンセン、ナンタイダム、ナンタイボンドゥア、ナンファなどが洪水期に適した品種。だが農家が栽培するのはこの他にナンパ、ナンチェンカット等様々な品種もあるという。ところが季節米の栽培を研究中に段々と収穫量が減っていることに気が付き、それならと一念発起して純血種米を復活させる事を決意。農家と共に様々な稲を集めて品種を選定、その数1万本。そこから187種を分類した。さらに収穫量、病害抵抗性、生育サイクルなど、栽培試験の結果、あらゆる面で優れたナインダムという名称の季節米の復元に成功した。さらにアンザン大学の支援で研究を進め、直ぐに乾燥するという欠点を改良、柔らかく、粘り気がある炊き上りの良い新品種を研究中。
また14年間で約600種類の米の品種を採取して大学に保存した。こうした新種がメコンデルタ全域に広がり農家の収入が増えることを期待しているが、地味な仕事に関して消費者の関心がないのは残念と評している。
これまでにも「アンザン省に適した高品質の浮稲品種の選定」で小人民委員会から功労賞を授与され、アンザン大学からは、「メコンデルタにおける伝統的な稲品種を用いた気候変動への対応」という論文について、これまでの取り組みに高い評価を与えたとしている。
こうした在野の研究者も含め在来種の米に関して研究も進められており、今後も継続して研究が進められる事で農家が豊かになることを祈念しています。
株式会社VACコンサルティング 顧問
(IBPC大阪 ベトナムアドバイザー)
木村秀生