テト(旧正月) ベトナムの正月料理と これに纏わる昔語

2020年1月23日(木)

日本と同じ様にベトナムでもおせち料理を作ります。夫々の家庭の味があって、豚肉とアヒルの卵の煮物、大根と人参の膾、ベトナムハム、鶏肉の蒸しもの、揚げ春巻き、味付けメンマ、スルメ等々、殊更特別ではないけれど大層美味。
生姜糖、蓮の実やココナツ砂糖漬け、ナッツ類やバナナなど乾燥果物など甘いお菓子、西瓜にカボチャのタネも用意されますが、止められない、止まらない。
絶対に欠かせない料理に、地域での違いはありますが、主役の餅があります。
北部ではバィン・チュンと言う名前の餅。中に入っている餡は青い豆と豚肉で、ラ・ドン(ラ・La :葉の意味)という葉や、バナナの葉に包んで半日蒸します。
大きさは15㎝四方の箱型、高さ5㎝程度。重さは2キロ程になります。
また南部ではバィン・テットと言い10㎝位の円筒形で、中の餡は同じ豚肉。これをバナナの葉で包み、一晩掛けて煮るのですが、こうすると暑い南部でも日持ちします。作るところを見ましたが何しろこれを作るのには手間と時間が掛かるし、広い庭のない市内では作りたくても作れない。日本と同じように、今は殆どの家庭では有名ベーカリー(漢字で餅家)の既製品を買い求めます。
彼方此方からこれを頂くとなかなか捗りません。こうした時、フライパンに油を多い目に引いて焼き目を付け、醤油をぬって海苔を巻くと、外はパリッと中は柔らかくて香ばしい。アレンジするのが美味しい食べ方のひとつです。

さて、この餅に関しての古くから伝わる物語があります。
フン・ヴーン6世の御世に王子が22人いて、年老いた父は王位を子に譲ろうと考えます。そこで息子達に美味しい料理を作るように命じ、一年間旅に出て珍しいご馳走を探しだし、王が満足できればその王子に位を譲ると言うのです。
皆はそれぞれ思い想いの方角へ山海の珍味を探しに行きますが、ただ一人、早くに若くてきれいな母親を亡くした16番目のラン・リュウ王子は、他の王子と違って相談する相手や家来も居ないので王宮に留まって、どうしていいのか分らずに一人で思案、疲れてぐっすりと眠っていたある夜のこと。仙人が夢の中に現れ、王子の悩みを聞いて「何時までも悲しんでいても仕方がない」と、二種類の餅の作り方を教えてくれたのです。
ひとつは餅米をきれいな水で蒸し、青豆とみじん切りした玉ねぎと豚肉を煮て塩味を付け、それを蒸しあがったもち米で包み、丸い屋根のような形に整える。これは天を表わすバィン・ジャイというもの。
もう一つは蒸した餅米の中に、青豆と少量の玉ねぎと豚肉を入れ、大地を意味する四角形のバィン・チュンを作ってバナナの葉で包み、竹のヒモでくくっておくと長持ちして、欲しい時に暖めると美味しく食べられるというのです。
王子は仙人に告げられた通りに料理して食べてみると、何とも言えないくらい芳しい香りがし、噛めばかむほど美味しさが口の中いっぱいしみ渡ります。

一年が経ち遠くに行った王子達が戻ってきますが、出る時は立派な身なりをしていたのに、泥にまみれてボロボロになっていました。皆が疲れ果てていて、この一年間の旅がどれだけ辛くて大変だったのか分るほどのやつれ様。
王宮では持ち帰った豪華で珍しい料理が並べられ、王様や家臣が一つひとつ味わいますが、全部美味しくてどれが一番なのか決めることが出来ませんでした。
ラン・リュウ王子は他の王子の美しい料理に比べると、簡素で見劣りすると思えて後に控えていましたが、王様からどうして料理を出さないのかと尋ねられ、ようやく「つまらないものですが」と遠慮気味に献上すると、王様は一切れ口に入れた途端、とろける位に余りに柔らかくて香りの良さに全部食べてしまい、大層満足されて、王子にどうしてこのような美味しい料理が作れたのかと聞かれたので、ラン・リュウは事の次第を話します。
すると王様は不思議な出来事を聴いて感動。「これはきっと神様が彼に王位を継ぐことをお望みなのだ。この子は仙人に守られていて、また人の苦しみが分っている。国民のために良い政治をしてくれるに違いない」と、たいそう喜ばれラン・リュウ王子に王冠を与えたのです。
王様になったラン・リュウは、一生懸命に国民のために働き、国中の人々から慕われる様になりました。

ベトナムにも多くの民話があり、「日本昔ばなし」とは異なって勧善懲悪で全てがメデタシ・メデタシとはならず、民族的要素の高い英雄が、身内を殺されて他民族の侵略者へ挑戦、復讐をする話、権力闘争の風刺話などもあります。
少数民族の民話などは更に素朴で原始的基盤の上に立ち、自然の中の出来事や土着精霊信仰、祖先崇拝が基本。また心豊かな若者が綺麗な娘や老人を助けると、何と神の化身だったとか。男女の深い愛や兄と妹との複雑な情愛の絡み、なかなか面白いものがあります。

株式会社VACコンサルティング 顧問
(IBPC大阪 ベトナムアドバイザー)
木村秀生